[news:65] 松代大本営を見学して (2006/09/16) 一覧へ
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 井上さとしです。
 
  日本の戦争とはいったいなんだったのか――長野市にある松代大本営を見学し
 て、改めて考えさせられました。松代大本営とは、大戦末期に、空襲を避けて
 本土決戦を指揮するために、軍を統帥する大本営と天皇の御座所を移動する目
 的で秘密裏に掘られた、のべ10舛傍擇峙霏臙浪執茲任后
 
 「九条の会」交流集会で国会報告をするために長野を訪れた17日、「大本営の
 保存をすすめる会」の縣重夫さん、前長野市議の伊藤邦広さんの案内で、和田
 あき子県議候補とともに見学しました。
 
  まずは象山地下壕の中に入りました。いや、驚きました。公開されているのは
 地下壕の1割だけですが、中にはいるとその巨大さに圧倒されます。この壕は、
 中央省庁の一部と日本放送協会(NHK)と中央電話局(現NTT)が入る予
 定で約1万人が執務する予定でした。とてつもない規模です。他に大本営参謀
 が入る予定だった地下壕や天皇移転のための施設もあります。
 
  大本営の建設は絶対秘密で、「松代倉庫」という名称で超突貫工事で進められ
 ました。国民とともに大量の朝鮮人労働者が動員され、とくに朝鮮人は、過酷
 な労働と劣悪な住環境を強いられ、多数の人々が亡くなりました。
 
  全体で8割程度の工事が進んだ段階で敗戦を迎え、大本営として使われること
 はありませんでしたが、天皇の御座所はできており、天皇移転のための特別仕
 立ての車もできていました。当時、「一億総玉砕」という言葉が使われました
 が、単なる精神的スローガンではなく、首都東京を見放して何千万の国民が死
 のうとも、天皇と軍の中枢が長野の山中の地下壕に立てこもって「国体護持」
 をはかる――これが、あの戦争だったことを示しています。
 
  「沖縄で住民を巻き込んでの長期の地上戦が戦われたのも、この松代大本営が
 完成していなかったから。時間かせぎのために、沖縄の住民が犠牲にされまし
 た。沖縄のガマと、この地下壕は一体のものです」という、説明の言葉に、か
 つて訪れた沖縄のひめゆり記念館の展示を思い起こしました。
 
  今、あの戦争は何だったのか――その歴史観が鋭く問われている中、多くの皆
 さんに訪れていただきたい場所です。侵略戦争を正当化する安倍政権との対決
 に静かな決意を固めています。

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