井上議員にお答えを申し上げます。
まず、我が国の刑事裁判の状況についてお尋ねがありました。
刑事裁判は、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用、実現することを目的としておりますが、これまでの我が国の刑事裁判は、基本的にはよくその目的、求められている役割を果たし、国民の信頼を得ているものと認識しております。
次に、裁判員制度法案によって我が国の刑事裁判がどう変わるかについてお尋ねがありました。
裁判員制度が導入され、国民が裁判官とともに刑事裁判に関与することによりまして、司法に対する国民の理解が増進し、信頼が向上するものと考えております。すなわち、広く国民が裁判の過程に参加し、その感覚が裁判の内容に反映されることによりまして、司法に対する国民の理解や支持が深まり、司法がより強固な国民的基盤を得ることができるようになると認識しております。
加えて、裁判員制度が導入されますと、職業や家庭を持つ国民の方々に裁判に参加していただくことができるようにするため、裁判が迅速に行われるようになると考えております。また、裁判の手続や判決の内容を裁判員の方々にとって分かりやすいものとする必要がありますから、裁判が国民にとって分かりやすいものになると考えております。
次に、裁判員の位置付けについてお尋ねがありました。
裁判員制度の導入につきましては、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資するものであり、大変に重要な意義があると考えております。
裁判員は、有罪、無罪の決定及び刑の量定については裁判官と同等の権限を持って判決内容の決定に関与するものであります。また、裁判員制度は、裁判官と裁判員がともに評議し、相互のコミュニケーションを通じてそれぞれの知識、経験を共有することが期待される制度であります。したがいまして、裁判員は裁判官の知識、経験の補完のために裁判に関与するにすぎないということではなく、裁判官と協働して司法を担っていただくものと考えております。
次に、裁判員の人数についてお尋ねがありました。
合議体の構成につきましては、まず評議の実効性の確保や個々の裁判員が責任感と集中力を持って裁判に主体的、実質的に関与することを確保するという観点から、合議体全体の規模には一定の限度があり、十人に至らない程度が適当であると考えられます。
次に、裁判員制度の対象事件は、法定合議事件のうちでも特に重大と考えられる一定の事件であることから、現行の法定合議事件と同様に、原則として裁判官三人による慎重な判断を行うことが必要であると思われます。そして、合議体の規模の限度内で、裁判に国民の感覚がより反映されるようにするため、相当程度の裁判員の数を多くするという観点から、その人数を六人とすることとしたものであります。
このように、裁判官三人、裁判員六人という合議体の構成は、裁判員が萎縮することなく発言できるよう十分配慮したものとなっていると考えております。
なお、法案では、評議の整理に当たる裁判長は、裁判員が発言する機会を十分に設けるなど、裁判員がその職責を十全に果たすことができるように配慮しなければならないとの規定も設けているところであります。
次に、取調べの可視化についてお尋ねがありました。
裁判員制度の導入に伴って、裁判員に分かりやすく迅速な審理が行われるようにすることは極めて重要であると考えております。しかしながら、取調べ状況の録音、録画等につきましては、司法制度改革審議会意見においても、刑事手続全体における被疑者の取調べの機能、役割との関係で慎重な配慮が必要であること等の理由から、将来的な検討課題とされているところであり、慎重な検討が必要であると考えております。
次に、証拠開示についてお尋ねがありました。
刑事訴訟法等の一部を改正する法律案では、検察官は、取調べを請求した証拠を開示するほか、検察官の取調べ請求証拠の証明力を判断するために重要な一定類型の証拠、被告人側が明らかにした主張に関連する証拠についても、開示の必要性と弊害とを勘案して開示しなければならないものとしております。これによりまして、争点の整理や被告人の防御の準備のために十分な証拠が開示されることになるものと考えております。
これに対して、検察官手持ち証拠を全面開示するものとした場合には、プライバシーの侵害など証拠開示に伴う弊害が生じるおそれのある証拠について、開示の必要性が認められない場合であっても開示をしなければならないこととなり、相当ではないと考えております。
また、証拠の一覧表につきましても、供述調書、鑑定書、証拠物といった証拠の標目だけが記載された一覧表を開示しても意味がない一方、各証拠の内容、要旨まで記載した一覧表を開示するものとすると、検察官手持ち証拠を全面開示するのに等しく、適当ではないと考えております。
次に、守秘義務についてお尋ねがありました。
まず、守秘義務の対象は、評議の秘密や他人のプライバシーなどの職務上知り得た秘密でありまして、裁判の公正さや裁判への信頼を確保し、評議における自由な意見表明を保障するために極めて重要なものと考えております。
罰則につきましては、御指摘のとおり、衆議院において一部修正されたところですが、多額の報酬を得た上で評議内容を明らかにしたり、重大なプライバシー侵害を生じさせるような非常に悪質な事案も想定されるところであります。このような事案も含めまして、一定の場合には、犯情に応じて適切な処罰が可能となるよう、罰金刑だけでなく懲役刑も選択できるようにするのが適当と考えております。
次に、有給での裁判員休暇制度、裁判員就任の延期制度、託児所、介護施設の整備、十分な休業補償制度等についてお尋ねがありました。
裁判員制度の趣旨にかんがみまして、幅広い国民に裁判員となっていただくことは重要であり、様々な事情を抱える一般の国民が裁判員として参加しやすくするために様々な工夫をする必要があると考えております。
しかしながら、有給での裁判員休暇制度、託児所、介護施設の整備、休業補償制度等につきましては、事業主側の負担、託児所などに対する需要の程度、主婦や無職者との間で不公平が生ずるおそれがあること、財政事情、国民の意識等も勘案して、今後慎重に検討すべきものと考えております。
また、延期制度につきましては、裁判員を広く国民から公平に選ぶという制度の趣旨からして、慎重に検討すべきであると考えており、辞退を認められた者を裁判員候補者名簿から除外せず、再度裁判員に選任されることを可能とするにとどめるのが適当であると考えております。
次に、施行までの啓発、準備やその推進体制についてお尋ねがありました。
裁判員制度の円滑な導入、運営につきましては、国民の理解と協力が不可欠でありますので、裁判員制度の意義やその具体的内容についての理解と関心を深め、進んで刑事裁判に参加していただけるよう、積極的かつ十分な広報活動を行う必要があると考えております。
具体的には、例えば、制度の内容を分かりやすく説明したパンフレットやビデオの作成、頒布、講演会の開催等が考えられるところでありますが、広報活動の効果的な在り方につきましては、今後更に検討を進めてまいりたいと考えております。
また、こうした広報活動のほか、人的、物的態勢の整備等の準備が必要であると考えております。
裁判員制度の実施準備のための体制の在り方につきましては、今後更に検討する必要があると考えておりますが、もとより、広く国民の意見を伺いながら、広報活動等の準備を進めていくことが必要であると考えております。
次に、開示証拠の目的外使用の禁止についてお尋ねがありました。
検察官による証拠開示につきましては、あくまでも現に係属する被告事件について十分に争点を整理するとともに、被告人、弁護人が訴訟準備を十分に整えることができるようにするために行われるものであります。
また、開示証拠の複製等をそのような本来の目的以外の目的で第三者に交付することなどが許されるものとすると、プライバシーの侵害などの弊害が拡大するおそれが大きく、また、そのことを考慮することにより、かえって証拠開示の範囲が狭くなると考えられます。
他方、現行法におきましては、開示証拠の取扱いに関する明確なルールは定められておらず、開示証拠の複製等が暴力団関係者に流出したり、雑誌やインターネットで公開された事例が発生しております。
そこで、開示証拠が本来の目的にのみ使用されることを担保し、証拠開示がされやすい環境を整えるため、被告人、弁護人は、開示証拠の複製等を本来の目的である被告事件の審理の準備等の目的にのみ使用すべきことを法律上明らかにする必要があるものと考えております。
御指摘のように、開示証拠の問題点を指摘し、一般の支援を求めることが必要であるとしましても、あえて開示証拠のコピーをそのまま引用するのではなく、その概要を明らかにすることによってその目的は達せられると考えられますが、今回の法案はそのような行為を禁止するものではありません。
次に、訴訟指揮権の実効性の確保についてお尋ねがありました。
当事者が裁判所の期日指定に従わず、期日に出頭しない事例や、裁判所の示した期日指定方針に応じられないとして、当事者が不出頭をほのめかしたため、裁判所が当初の方針どおりの期日指定を断念する事例があり、審理遅延の原因の一つとなっていると承知しております。
また、当事者が裁判所による重複尋問等の制限に従わないことが審理遅延あるいは焦点の定まらない審理の原因の一つとなっていると承知しております。
そこで、期日指定や尋問等の制限などの訴訟指揮権の実効性を確保するための方策を導入することとしたものであります。(拍手)