正にそこのところを私も一番関心を持っているところでございます。
ちょうど先週の土曜日、ついおとといですけれども、日本弁護士連合会の方の主催で司法修習生を対象にした公設事務所のシンポジウムがございました。そこにセンターの方の説明ブースというのもありましたけれども、そこに来ていた修習生が百四十人ぐらいいたと思います。要するに、今一年間に千人、司法修習に入るわけですけれども、そのうちの百四十人ぐらいは何らかの形で過疎地で働きたい、あるいはそういうことを考えているということだと思うんです。
何を彼らが求めているか、私も同じ立場なんですけれども、といいますと、やはり同じ弁護士として仕事をするのであれば、やりがいを持って必要とされている地域で働きたいと、そういう志を持った人というのはたくさんいるんです。
ただ、どうしてまだこれだけ、三十しか公設事務所が埋まっていないかというと、それには一つには受皿の問題。受皿というのは、地方の受皿ではなくて、まず東京の方でやはり基礎的な修行、研修を受ける機関とかあるいは経験を積む機関というのが恐らく必要なんだろうと。
この表を見ていただいても分かりますけれども、最近は若い五十二期、三期、四期、五期といった、ここ数年のうちに弁護士になられた方がどんどん出ていっていますけれども、やはりいきなり地方に行けというのは一人で仕事をする上で不安がある。そういう意味で、東京できちんとした研修を受けた上でそこから派遣されるということであれば行っても構わない、そういう人はたくさんいまして、実際この一年間で十人ほどが派遣されているわけです。そういう意味では、司法センターにおいても、まずはそういった新人の弁護士をきちんと研修して一人で不安なく仕事できるようにすれば、また生活の面での不安もないようになれば、そこで働きたいという人はもう幾らでもいると思うんです。
もう一つの問題は、公設事務所と違って、司法センターの場合はその仕事自体の魅力というものをやはりこれから作っていかなきゃいけないんだろうと思うんです。
公設事務所は言ってみればベンチャービジネスのようなものですから、自営業者ですので、自分の好きなようにやってみて、失敗したら失敗したで日弁連が最終的には財政上の責任取りますよと、そういう制度になっているわけですから、やる気のある人であればどんどんチャレンジしようと、そういうふうな気持ちになります。ところが、司法センターの場合はまだ、取扱業務の場合も恐らくある程度法定されてしまいますし、待遇面、要するに具体的に収入が幾らぐらいになるのかというところも判事補と同程度というような話も流れておりまして明らかでありませんけれども、それで十分かというふうな疑問があるところではございます。
というのは、判事補ということであれば後々裁判官として出世して、言ってみれば少しずつ給料が上がっていくという制度になっているんでしょうけれども、弁護士であれば、やはりそこに何年かいた後はまた弁護士に戻る、一時的なポストとして考えることが多いんだろうと思いますから、そうするとその期間の待遇として判事補と同程度というのでは恐らく魅力を感じないのではないかな。私の周りでも、実際、公設事務所に行く人間が司法センターの方に行かないかと言われて一番ちゅうちょするのは、その待遇面の問題と、仕事自体が法定されていてどこまでやれるか分からない、随分制限されているようだと、こういうあれでは手足縛られて、待遇も十分でないからちょっと魅力を感じないねと、そういうふうな話になると思うんです。
ですから、いかに魅力ある制度にしていくか。アメリカのパブリックローヤーのように、そこに行ったことがある程度のキャリアとして評価されたり、あるいはそこで十分なスキルアップが図れると、そういうようなことがあれば、自己実現の場所としても弁護士の側からとっても非常に魅力的な制度になるんではないかなというふうに考えております。