やはり私学というのは建学の精神に基づいて、今朝もありましたけれども、日の丸・君が代の取扱いなども含めて様々な自主的な取組も行われておりました。
やはり、今回の法改正を通じて、この私学助成をてこにして自主性や独自性を侵すような動きがあるんじゃないかということに私学関係者はやはり危惧の声があるわけでありまして、そういうことがないように強く求めると同時に、やはり今やるべきは、私学の様々な教育への援助、助成をやはり教育費という観点でむしろ拡大をしていくということを強く求めておきたいと思います。
最後、若干時間がなくなったんですが、教育再生会議の第二次報告で徳育を教科化するということが盛り込まれたことに対してお聞きをしておきます。
戦後の道徳教育というのは、戦前のいわゆる修身教育に対する反省の上に始まっていると思います。これは、文部省が四六年に出している中等学校・青年学校公民教師用書というのがありますが、従来の極端に国家主義的な教育方針の結果、道徳の向かうところもまた一律に国家目的の実現というふうに考えられた。そこで、結局、道徳教育が人間の基本的権利及びその生活条件を無視するような傾きも見られるようになったと、こういうことも当時文科省発行したものの中にも書かれております。正に人間の基本的権利ということをしっかり学校教育の中心に据えていくということが戦後の出発だったと思うんですね。
特に今、現状でいいますと、例えば、今の道徳教育に対して文部科学省が状況調査をしておりますけれども、道徳の時間を楽しいとかあるいはためになると感じている児童生徒がどの程度いるかと学校に質問したのに対して、ほぼ全員、三分の二ぐらいという答えの合計は、小学校低学年で八七・九%、高学年では六〇・七%、中学校では三九・七%に下がるんですね。ですから、一定の社会体験を積み、そして現実に、例えば道徳を説いていた政治家とか経済界の幹部が様々な不祥事にまみれているとか、そういう社会の実態を見る中で、言わば型にはめて上からお説教するような道徳教育というのは受け入れないという、これが私はこの調査にも示されていると思います。
そして、むしろ自分が学校の中で大切にされていないと感じる子供が七割いるというような調査もありました。そういう自分の人権が大切にされていないと感じている子供に学校が人権の大切さを説いても心に響かないわけでありまして、むしろそういう自分の人権が大切にされるような学校づくりとかということが私は必要だと思いますし、枠にはめて上からかぶせるような道徳教育というものはむしろ逆行だと思います。
そういう点で、今回、この徳育の教科化をし特定の教科書で学ばすということは、やはりこういう流れに逆行するし現状にも合わないと思うんですけれども、この点、大臣いかがでしょうか。