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【『人権と部落問題』05年4月号】
国会での攻防から浮かび上がった人権擁護法案の本質

井上 哲士

 人権擁護法案が再び国会に提出されようとしています。同法案は三年前の通常国会に提案されましたが、野党などの反対で実質審議わずか一日だけのまま一昨年に廃案になったものです。
 与党側は、再提出にあたり、①メディア規制条項の「凍結」②施行数年後の法律の見直しという修正案をまとめています。しかし、この内容は、三年前の臨時国会の時点で法務省の修正方針として報道されたものと同じです。当時、委員会審議の冒頭で、法務省は、「報道被害に関する規定については一定期間の凍結、この間に自主的な取組の進展状況を見守るということも一つのお考え」(吉戒人権擁護局長=当時)と答弁し、「異例の冒頭修正」と報道されました。
 この修正方針に対し、「およそ修正に値するものではない」「政府は法案を出しなおせ」という声が広がる中で廃案となりました。いったん否定された修正内容と同じものを再提出するのは、こうした経過をまったく無視したものです。
 本稿では、当時の国会論戦からも、その後の人権と報道をめぐる事態からも、このような法案は許されないことを述べます。

公権力や大企業による人権侵害の救済に実効性があるのか

 もともと基本的人権は、権力による人権侵害を許さない運動の中で確立してきた歴史があり、今日においても最も重大で救済が困難なものは公権力による人権侵害です。人権救済機関は何よりも公権力や大企業による人権侵害を迅速・簡易に救済できる実効性のあるものでなくてはなりません。だからこそ国連規約人権委員会は、日本政府に対し、「警察や入管職員による虐待を調査し、救済のため活動できる法務省などから独立した機関を遅滞なく設置することを勧告」しています。日本に必要なのは、国連のパリ原則にあるような、公権力から独立した人権救済機関です。
 韓国では01年に国内人権機関ができました。当初は日本の法務省にあたる法務部におかれることが検討されましたが、NGOなどが反対し、立法、行政、司法にも属さない独立機関して発足しました。その後、約一年間で扱った約2400件の事件の七割以上が刑務所や警察、検察による被害だったことは実に教訓的です。
さらに法案では、労働分野における人権侵害の救済は従来通り厚生労働省が行うとしています。この分野でこそ簡易、迅速な独立した人権救済機関が必要です。にもかかわず、従来と同じように労働行政にゆだねる本法案が職場における人権侵害に実効性が無いことは明らかです。

行刑改革の経緯は、法務省から独立した人権救済機関を求めている

 法案が廃案に追い込まれた大きな理由が、名古屋刑務所における刑務官による集団暴行事件の発覚でした。保護房に革手錠を使って収容されていた受刑者が刑務官によって集団暴行を受けた事件が相次ぎ、二人の死亡者を含む被害者が出て、関係する刑務官が逮捕・起訴されました。
 この事件を通じて、一連の事実を公表しなかった法務省の隠蔽体質が浮き彫りになりました。しかも、暴行を受けた受刑者の一人は、弁護士会に人権救済の申立てをしており、刑務官がその申立ての取り下げを迫ったにもかかわらず応じなかったことが、暴行の動機になったことも明らかになりました。さらに、受刑者が苦情や要望を申し立てる法務大臣あての「情願」が、大臣にまで届いていなかったことも重大です。刑務所内の人権侵害が常態化し、その救済のための手立ても機能していなかったのです。
 国会でも刑務所内の人権侵害は大問題となり、法務大臣のもとに外部の有識者による行刑改革会議が設置されました。その議論を通じて、革手錠の廃止などの改革が次々と実現し、今国会には、同会議の提言にもとづいた受刑者処遇法案が提案されます。この法案の中心の一つに「刑事施設不服審査会」の設置があります。法務省職員を除いた委員で構成され、受刑者らの不服審査にあたるものです。こうした行刑改革の経過は刑務所内での人権救済は外部からのチェックがカギであることを示しています。
 ところが、「行刑改革会議」の提言では、この不服審査会は「人権救済機関」ができるまでの暫定的なものとするとしています。つまり、人権擁護法が成立すれば、外部チェック機関の「刑事施設不服審査会」が、法務省外局の「人権委員会」に取って代わることになるのです。これではまったく逆行です。ですから、行刑改革会議のメンバーであり、現在は行刑改革推進委員会の顧問である菊田幸一明大教授も三月一日に「法案の再提出は行刑改革会議提言に反する」との声明を出されています。
 行刑施設だけではありません。入国管理局における人権侵害事件も度々指摘されてきました。とりわけ、国連難民高等弁務官事務所が難民と認定したクルド人をトルコに退去強制させたことには「国際ルールをも無視した人権侵害」と厳しい批判の声があがりました。この入管局を所管する法務省の外局に人権委員会を置くのはふさわしくありません。

報道規制「凍結」は解除が前提

 政府はメディア規制を「凍結」するといいますが、だいたい条文の一部を法律制定時点で「凍結」するというのは立法のやり方としても異例です。過去には1992年の国連平和維持活動協力法制定時に「平和維持隊本体業務」――いわゆるPKF――への参加を凍結した前例があるくらいですが、これも2001年には凍結が解除されました。「削除」せずに「凍結」するのは、解除が前提にあるからです。この間のNHK番組の改変問題で、予算と人事をテコにして政府・自民党が報道への圧力をかけることが常態化していたことが明らかになりましたが、さらに、報道規制条項を「凍結」させて残すことにより、凍結解除をちらつかせて報道機関に圧力をかけ、政治家への疑惑に対する取材から逃れようとする思惑が透けて見えてきます。
 このメディア規制の問題に、公権力の人権侵害には非常に甘く、民間には厳しいという法案の基本的仕組みの問題が鋭く表れています。
 私は、三年前の質疑の際に、防衛庁のリスト問題をただしました。情報公開法に基いて防衛庁に情報公開を求めた市民の情報を、逆に防衛庁が独自に収集、蓄積をし、それをネットにまで流していたという事件です。収集された個人情報には、本人が情報公開の申請書に書いてもいない「職業」なども含まれていたことは重大です。
 このように公権力が個人情報を勝手に収集、蓄積していることについて人権侵害の申立てがあった場合にこの法案では特別救済の対象になるのか。私の質問に対しての答弁は「原則対象にはならない」というものでした。
 一方、メディアによるプライバシー侵害についてはどうか。「私生活に関する事実をみだりに報道し、その者の生活の平穏を著しく害する」とか、電話やファクスを「継続的に又は反復して行い、その者の生活の平穏を著しく害すること」など、事細かに規定され、特別救済の対象となります。これでは取材が規制、萎縮させられ報道の自由が侵されるという懸念の声が広がるのも当然です。
 同じプライバシー侵害でも、公権力によるものは原則として特別救済の対象にはならないが、メディアの場合は細かく規制――あまりにバランスを欠いています。逆に、公権力によるプライバシー侵害には厳しく対処し、メディアの場合は報道・表現の自由という観点から、メディア界の共同による自主的な取り組みで解決すべきものです。

浮き彫りになる国民の表現の自由に介入の恐れ

 規制されるのはメディアだけではありません。質疑の中で、森山法相(当時)は、「同和問題というのは…物的には解決したとはいえ、心の中、意識の中にそのような問題がまだまだ根深く残っている…これによって起こるいろんな事件については、この新しくつくられるべき人権擁護委員会で対処すべき問題」と述べました。「事件への対処」だとして、国民の心の中、意識の中に行政が介入する恐れがあります。
 法案には、「不当な差別的言動」の規制(第四十二条)「差別助長行為の差し止め請求訴訟」(第六十五条)という項目があります。例えば「外国人お断り」という看板があった場合、仮に被害者の申し立てがなく、特定の被害者が明らかにならなくても、人権委員会が代わって差し止め請求訴訟をおこすことが出来るというものです。しかし何が差別か、何が差別助長行為なのかは大変あいまいであり、何を差別的と判断するかは委員会に任されています。これでは、国民の言論、表現の自由や内心の自由にまで行政が介入することになります。諸外国で厳しく規制されているのは行為としての差別的扱いであり、言論・表現活動を対象とする例はほとんどありません。
 重大なのは、「不当な差別的言動」や「差別助長行為」が規制の対象になることにより、部落解放同盟が繰り返してきた「確認・糾弾」の合法化につながることです。政府もこの点をとりあげて解放同盟に歩み寄りを求めており、三年前の質疑の際にも、「同和関係者に対する差別という問題はまだまだ深刻な問題として残っておる」「例えば法案の…この差別禁止規定などは、かねてから同和団体の方が各種の基本法の制定運動をなされておりましたけれども、その中に取り上げている事項と全く軌を一にするもの」(人権局長)と強調しました。
 今回、急な再提出が決まったのは、まさにこの点で解放同盟が歩み寄ったのが決め手となりました。一月二十一日に与党人権問題懇話会座長を務める自民党の古賀誠元幹事長と解放同盟の組坂茂之委員長が会談し、「今国会で決着させる」との認識で一致したことで一気に再提出が浮上しました。その背景についてマスコミも、「解放同盟の中で『歩み寄り』に同意する動きが出たのは、同和対策を財政的に裏付けてきた地域改善対策特別措置法が02年3月に失効して3年近くが経過する中、このままでは自分たちの活動を支える新たな人権擁護の枠組みができなくなるという強い危機感からだった、とみられている」(「朝日」二月十九日付)と指摘しています。
 解放同盟の活動を支える「枠組み」=「確認・糾弾」の合法化のために「差別的言動」の規制が使われるならば、国民の表現の自由が脅かされることは明らかです。三月十日に開かれた自民党法務部会でも「法案の人権侵害の定義があいまいで、憲法が保障する表現の自由などに反する」などの声が上がり、法案の了承が先送りされています。
 再提出が明らかになって以降、マスコミもいっせいに批判の特集を組み、国会内でも緊急のメディア関係者の集会が開かれました。しかし、法案の危険な本質、とりわけ国民の言論、表現の自由に行政が介入する恐れや「確認・糾弾」の合法化の狙いはまだまだ知られていません。急速に世論を盛り上げ、再び廃案に追い込むために全力を挙げる決意です。
(三月十一日記)


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