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若手訪中団

2010年12月22日(水)

今日から日中友好連盟若手訪中団

 今日から26日まで、日中友好議員連盟若手訪中団の一員として中国に行ってきます。9:25羽田発の便で昼過ぎには北京に到着します。

  参加メンバーは団長:林芳正(参・自民)、副団長:長妻昭(衆・民主)、団員:
高邑勉(衆・民主)、鶴保庸介(参、自民)、後藤田正純(衆、自民)、西村康稔(衆・自民) 、赤沢亮正(衆・自民)、谷合正明(参・公明)、稲津久(衆・公明)服部良一(衆・社民)、そして私の11人。

  主な日程は以下の通りです。

22日 羽田発で北京へ。午後から要人と会談
23日 北京で要人と会談
24日 日帰りで内モンゴルのフフホトへ。視察および要人と会談
25日 北京から湖南省の長沙へ。要人と会談
26日 長沙から北京経由し、羽田へ

  前回参加した山下よしき議員からは「冬の北京は寒いで」と聞いていましたが、フフホトはさらに寒く、最低気温マイナス17度の予想です。毛糸の帽子や靴下用の使いすてカイロなど、防寒グッズは確保しましたが、はたして間に合うやら…。

   議員宿舎を7:30に出て羽田へ。初めて羽田から国際便に乗りますが、都心からは便利になりました。約四時間で北京に到着します。日本との時差は1時間。リアルタイムで現地からこの日誌を更新しますのでご覧ください。

慢性的渋滞/胡暁煉中国人民銀行副行長

  羽田から約4時間で北京に到着。出発が遅れ日程がくるってしまい、ホテルに入ることなく、ただちに最初の会談の場である中国人民銀行へ。

  ここで、胡暁煉副行長との会談。国際的な金融界で注目を受けている女性です。人民元のレート切り上げ問題が一番の話題となりました。

  北京市内中心部の道は広い所は片道6車線ぐらいありますが、終日渋滞しています。公共交通の強化など対策をとっているものの人口急増に追いつかないようで、いま、市内では450万台の車があり、1日3000台のペースで車が増えているとこのこと。

 月10万台増ということですから大変です。21時でも渋滞していたのには驚きました。週日については、曜日毎にナンバープレートの下1桁の数字2つずつを規制し、1日あたり5分の1の運行を減らしているとのこと。

 北京オリンピックの時には、ナンバーの偶数と奇数で規制し、車の運行を半分にしたそうですが、金持ちは偶数と奇数のナンバーの2台の車を所有したため、車が増えてしまったそうです。

 幹線道路はとても広く、は立体交差にしたり交差点の工夫をして信号機を少なくするなどしてあります。それでもこの渋滞。この問題の解消は北京にとって最重要課題とのことでした。

李源潮中国共産党書記/唐家璇中日友好協会名誉顧問

  続いて人民大会堂に移動し、李源潮中国共産党中央書記処書記・中央組織部長と懇談。実に巨大な建物。中の部屋や作りもふたまわりぐらい大きいと感じました。

 李氏は、将来の国家指導者候補の一人として注目されている人。林団長からは、尖閣問題等をめぐる問題で、日中関係が「戦術的互損関係」になっているのではないかなどの挨拶がありました。

 李氏は、40分くらいの長い発言をされ、日中関係の歴史を「平和、友情、協力」と述べ、将来もこの立場で発展させることが重要だと強調。「摩擦は避けられないが、平和なら共に利益。争えば共に傷つく。大局的に友好を維持するため、経済協力を地道に続けることが望ましい」と語りました。

 さらに迎賓館である釣魚台に移動。唐家璇中日友好協会名誉顧問と会談し、夕食をとりながら懇談しました。席上、唐氏からも戦略的互恵関係の発展の重要性が強調されるとともに、先日政府が発表した新防衛大綱が、中国を軍事的脅威としたとして中国に伝わっているとして、懸念が表明されました。

 会談後、夕食をとりながらの懇談。53度の老酒で乾杯を繰り返すのが中国流ですが、できるだけセーブ。知日派として知られる唐氏ですが、78歳にして「スマップで一番人気は木村さん」と語るなど、政治から芸能まで幅広い知識と情報を持っておられるのは驚きます。

 終了後、やっとホテルにチェックインしましたが、夜でも渋滞で、到着は21:30ごろ。


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