失われた十年とか失われた十五年ということが言われてまいりましたけれども、確かに低迷した経済としては、あるいは企業業績も低迷したそういう期間だったとは思います。一面では正しい指摘かもしれませんが、同時に、この間に物すごい勢いでビジネスモデルの作り替えが行われてきたと私は思っているんですね。
つまり、三つの過剰と言われているものを整理する中で、やはりこれから伸びていく分野に対してどう力を付けていくかということをやってきたことだったと思います。その過程では、冒頭も言いましたように、守りのリストラ的なこともあって決して好ましいことではないことも行われたということは、企業存立上やむを得なかったにしてもあったわけであります。
私は、じゃ、物づくり能力が落ちたと言われますけれども、それは見方だと私は思っておりまして、必ずしも私は落ちていないと思っているんですね。つまり、物づくり技術の一番の基本は何かと。私も民間企業におりまして見聞したわけでありますが、組み立てる、完成品を組み立てる能力というのは結構どこでもやれるんですね。問題は、部品、材料の技術なんです。これがまねできないんですね。ここをがっちり押さえておけば、物づくりというのは大丈夫なんですね。例えば、自動車でいえばエンジンとか、鉄鋼であれば特殊鋼ですね、そういったところの基本の技術、これが卓越していれば大丈夫なんですね。
そういう点で、私は日本は優れたものを十分今も持っていると思います。ですから、これからやはり先端技術の面で日本が常に半歩、一歩前を歩くと、こういう気概でいけば、物づくり技術という、物づくりの力というのはこれもますます伸びていくだろうと思います。
割とだれでもできるような仕事、技術的にいえば中程度以下のものについては、必ずしも日本でやるのがいいのかということになってきますとそうではないだろうと思うわけで、これは国際分業が進んでいくと思うんですね。そういうふうにして変わっていくんじゃないだろうかと思います。
そうしたものを実現する上でも、やっぱり一番大事なのは人材力と私どもが呼んでいるものでありまして、本当は最初、人間力と書いたんですけれども、政府が使っている言葉なんですが、どうも民間企業では余りこなれていないなと。人材という言葉はどこの会社でも日常用語で使うんで人材力としたわけです。
人材力の中身は何かというと、一つは経営のリーダーシップですね。これは先ほど申し上げました。それから、あと現場力と言われる、本当の職場の中での、中間管理層も含めた、それから一般従業員のやはり能力だというふうに思うんです。これをやっぱり高める努力をしなくちゃいけない。教育投資というのはやっぱりし続ける必要があるんですね。
この不況の時代で人の採用ができなかったんですけれども、これまあおいおい良くなってくるだろうと思っております。何しろ日本の国は、これから労働力が減ってきて、少子化の時代になるわけですから、日本の経済が今のような調子でいけば必ず人手不足の時代になるんですね。ですから、魅力のある会社に優秀な人が集まるという構図を作らないと会社は生き伸びていけないと、こう思うんです。ですから、やっぱりこれから各社は私は賢明に教育をしていくだろうと思います。
ただし、先ほど雇用の多様化という中で申し上げたわけでありますが、長期雇用の従業員の比率はやはり雇用の多様化の中で少しずつ減っていくかもしれませんけれども、それは核となる従業員でありまして、企業はそれを、それに教育投資をして、能力を上げて結果を出すということでないと先の発展がないわけですね。ですから、そういうコアの従業員はこれからもずっと中核の戦力として育っていくだろうというふうに思っております。
それに加えて、専門能力を持った人たち、例えば三年とか五年とか、一つの会社にいるよりも、自分の能力を生かしていろんなところで頑張りたいというタイプの人がこれからますます増えてくるわけであります。そういう人はあるいは長期雇用の人よりも高い給料を取るかもしれないですね。それでいいと思います。
そういうふうにして、既にもう高い能力を持っている人たちも入ってくる。学校あるいは修士、大学院を出て、これからという人たちが企業の中の切磋琢磨の中で成長していくということもあるでしょう。いずれにいたしましても、人材の育成ということがこれからの日本の企業の競争を左右する、結果を左右する私はかぎになるだろうと思っております。
現場力を考えるときに大事なことがありまして、先ほどもちょっと申し上げたんですが、暗黙知という世界ですね。アナログ的な知識なんて言ったりしますが、要するに紙になかなか書けない能力、これが非常に大事なんですね。これはやはり職場で順番に伝承していかなくちゃいけない。
まあ、割と定年、六十歳定年がこれからどっと出る時代になってきますと、本当に大丈夫かなというのがあります。この不況の中で本当にやむを得ず人減らしをしたところも、そういうところでダメージが出てきているかもしれない。そういう職場の中の暗黙知の伝承ですね。これが大事なことなんです。
外国に行って工場を建てる場合には、暗黙知では伝わらないんですね。ですから、できるだけそれを形式知にしてマニュアル化して、こんなマニュアル化にして徹底的に教えるんです。そうすると、あっという間にみんな、特に中国なんかはすごい勉強しますからね、日本の工場に負けない能力が出るんです。
しかし、物づくりの原点というのは常に進歩があって、書かれざる知識ですね、暗黙知が増えていくということが進歩なんですね。それをまたちょっと落ち着いたら形式知に変えるというふうなプロセスをこれから踏んでいくわけですが、そういうことをやるためにも、やはり現場力というのが大事だと。現場力は、一般従業員と中間管理層、監督層を含めた人材の能力ですね。そんなふうに思います。