活動日誌

ホーム の中の 活動日誌

このページでは最新の10件を表示しています。

阿賀野市議選.jpg新潟駅前のホテルを朝出て、車で阿賀野市へ。明日投票の市議選勝利へ、おかべ直史、松崎よしつぐ、みやわき雅夫の三候補と終日街頭から訴えました。
 定数四減の激戦。一時間位は晴れましたがあとは雨、時折激しく降る中での街頭演説になりました。

 四年前は告示日に応援に来ました。その時、選挙事務所であるご自宅で一緒に写真をとった山田早苗候補は選挙中に倒れられも、皆さんの頑張りで高位当選したものの、投票日翌日に亡くなられました。どんなに無念だったでしょうか。
 今回も山田さんのお宅が、おかべ候補の選挙事務所になっており、立ち寄った際にご仏壇に焼香させてもらいました。すると、山田さんの遺影とともに四年前に一緒に撮った写真が並べてあり、胸が熱くなりました。
 午前中の三候補との街頭演説会では立憲民主党の黒岩たかひろ衆院議員の秘書さんも挨拶してくださいました。選挙事務所には森裕子参院議員も激励に来てくださったとのこと。各事務所には打越さくら参院議員の檄も。野党共闘先進地の新潟ならではです。
 午後はおかべ候補とともに約20ヵ所のスポット演説で細かく回りました。阿賀野市民病院は、政府の公立・公的病院の再編統合リストに名ざしされています。再編ではなく、充実こそ必要。いっかんして病院を守り充実させるために奮闘してきたおかべ候補の経験が市議会に必要ですと訴えました。
 櫻井よし子.jpg今朝の「読売」「日経」「産経」に掲載された国家基本問題研究所(櫻井よし子理事長意見広告。「戦後レジュームの『遺物』は、即刻廃止すべき」、「憲法も学術会議も国家・国民の足枷と化した」としています。
 なるほど、学術会議への攻撃は憲法への攻撃と同一だということがよくわかります。戦争中に学問の自由が奪われ、科学者が先頭に動員された痛苦の経験から、憲法に学問の自由を定め、政府から独立した日本学術会議が作られました。この戦後民主主義を根こそぎ覆そうとする狙いをもって学術会議を攻撃しているのです。菅総理の任命拒否はこれと軌を一にしています。許すわけにいかない。
 朝の国対会議の後、医務室でインフルエンザワクチンを接種。午後には、厚労省から戦争中の部隊名簿など公文書の取り扱いについて、防衛省から日米共同統合演習(キーン・ソード)と参加する米軍人のコロナ感染対策についてそれぞれレクを受けました。
 明日の阿賀野市議選最終日の応援のために、新潟市に向かっています。

 20.10.22ヒアリング.JPG学術会議問題で午後から第8回ヒアリング。出席された大西元会長は、「推薦通り任命する義務はない」などとした18年の事務局文書の問題点を指摘し、事務局が会長らに相談せずに独自に作成するのはあり得ないことだと述べられました。

 ところが事務局からは今日もこの文書の作成経緯について「確認中」とするばかりで資料提出がありません。さらに追及します。

  ICAN川崎哲さんが昨日記者会見を開き、核兵器禁止条約の批准国が23日にも発効に必要な50か国を超える可能性があると述べられました。さあ、いよいよです。

 一方、今朝のニュースで米国が、複数の条約批准国に、批准を取り下げるよう求める書簡を送っていたことが分かりました。書簡では「核禁止条約を批准する国家主権は尊重するが、それは戦略的な誤りであり、批准を取り下げるべきだと考える」と強調しているとのこと。

 許せないことですが、それだけ彼らがこの条約を恐れている証拠。あらゆる妨害はねのけ発効させましょう。

 

  IMG_3585.JPG学術会議任命拒否問題の第七回野党合同ヒアリング。映画監督の森達也さんから、これを放置すれば「政権による表現や言論への介入はさらに露骨になる」とした映画人有志の会の抗議声明について聞きました。
 レッドーパージでハリウッドが標的にされた歴史について語りながら、本来、表現の場で意思表示する映画人が、こうした直接の声明を出したのは、今回はいくらなんでもひどすぎるという思いからだと危機感が語られました。
 引き続く政府からのレクでは、事実上の解釈変更をした2018年の学術会議事務局が法制局と協議した作ったとされる文書について、誰が、どういう必要性から、いつ誰に指示をしたのかなどの基本的事実関係を聞いても、前回同様「確認中」の回答で、まったく前に進みません。
 国会答弁を覆すような文書を作って実行しながら、国会にまったく説明しないのは国民主権への冒涜と言わなければなりません。参加議員からは厳しい意見が出され、必ず資料を提出するよう強く求めました。菅総理はいったい、どう説明するつもりでしょうか。説明する気はなく、押し切るつもりでしょうか。それではとうてい国民は納得しないでしょう。
 IMG_3577.JPG午後から党国会議員団ジェンダー平等推進委員会の第3回会合に出席。性暴力、DV、ハラスメント、慰安婦などの国際人権問題、選択的夫婦別姓、女性の政治参加、均等法、LGBTなど、各分野での取り組みと今後の課題を交流しました。
 私は、私は女性差別撤廃条約選択議定書の早期批准を求める運動と国会論戦について報告しました。
 臨時国会中に政府への申し入れも行う予定です。
 午前中には国対の会議。夕方には議員団会議を行い、小池書記局長から報告を受けた後、各地での街頭演説の反応や取り組みなど交流しました。
 今日告示の京都府笠置町の町議選での現職のむかいで候補が無投票当選となりました。
 おめでとうございます! \(^o^)/ ヽ(^。^)ノ
IMG_3575.JPG 午後から開かれた第六回学術会議任命拒否問題野党合同ヒアリングに出席。拒否された岡田早大教授が任命拒否の違法性や除外した基準を示すことが不可欠であること等について条文や答弁に照らして丁寧に説明したうえで政府に質されましたが、内閣府も法制局もまともに答えられず。
 岡田教授から思わず、「法律へのその程度の理解で、それで本当に公務員ですか」との声が。
 拒否理由の説明と六人の任命を求めた学術会議総会の要望書について、政府として未回答であり「検討中」と認めたことは重要です。
 松川町.jpg京都を朝出て、長野県松川町議選勝利めざす演説会で訴えました。名古屋から高速バスで2時間で飯田市。そこから車で30分で松川町。今朝、今年初めて冠雪したという南アルプスの山々の姿が実に清々しい。
 松川町での演説会参加は初めてです。今回、初めて立候補される米山よしもりさんは大学の先輩。「京大仁義」で、なんとしても押し上げてほしいと駆けつけました。
 米山さんは、教育学部で社会教育研究会に参加して公民館活動や住民本位の地域づくりを学び、大学院を出て地方公務員、高校教員を務める間も社会教育の研究と実践を続けてこられました。 「住民が主人公」の立場で研究と実践を続けてきた米山さんの勝利は、上から目線の菅強権政治へ松川町からの審判となり、町民本位の町政を進める確かな力です。日本共産党の議席の役割もお話しし、ご支援を呼びかけました。
 演説会では、前回総選挙の長野5区で野党統一候補とて奮闘された立憲民主党の曽我いつろうさんも挨拶してくださいました。曽我さんも学部は違いますが米山さんと大学で同学年。ミニ同窓会になりました。
 終了後は岡谷まで送ってもらい、中央線で新宿へ。
 20.10.17長岡京.jpg冷たい雨の今日は、京都三区、四区で街頭演説。午前中は長岡京市で、武山彩子・比例予定候補とともに2カ所で訴え。午後は南丹市で、吉田幸一四区予定候補と共に訴えました。 赤いレインウェアが吉田さんとかぶってしまいましたが、二人並ぶといい感じでしょ。
 日本学術会議の人事介入に加え、今日開かれた中曽根元首相の政府・自民党合同葬への弔旗や黙とうを求める通知をだしたこと、さらには福島原発事故の汚染水を漁民や地元自治体の懸念を無視して海洋放出する方針を固めるなど、菅政権の強権ぶりが次から次へと露わになり、ついつい長くなります。
20.10.17南丹市.jpg 菅政権の危険性を端的に指摘しつつ、前向きの提案をどう語り、コンパクトにまとめるか。毎日、思考錯誤です。 
 IMG_1263.JPG今日は菅内閣が誕生して一か月目。日本共産党の北陸信越ブロックのいっせい宣伝で福井市内で街頭に立ちました。
 駅前のホテルを出て、金元福井一区・比例予定候補、佐藤県議、山田市議とともに市内三カ所で街宣。「この一か月で、安倍政権以上の危険な強権内閣であることが浮き彫りになってきた」と強調し、菅政権をたおして野党連合政権をと訴えました。
 京都に帰り、日本人初のノーベル賞受賞者で日本学術会議の初代会員である湯川秀樹さんのご遺族の由規子さんを訪ね、湯川博士についてお話しを伺いました。湯川博士が亡くなるまで住まわれた左京区下鴨のお宅には、書斎や揮ごうされた書、膨大な文献が残されています。
DSC_7113.JPG 戦後、核廃絶と平和運動に身を捧げた湯川博士。1955年に世界の著名な科学者とともに発表したラッセル・アインシュタイン宣言で「大量破壊兵器の発達の結果、人類社会は悲劇的な事態に直面している。ビキニ実験以来核兵器は、これまでの想像を超えるものとなった」「人類に絶滅をもたらすか、人類が戦争を廃絶するか選択の問題だ」と掲げました。
 その湯川博士も、戦時中、科学者は軍事研究に動員される中、海軍の原爆研究(F研究)に参加したことが2017年に発表された当時の日記によって明らかになっています。研究はごく初期の段階で中止となり、湯川博士の関与は強いものでありませんでした。
 その後、原爆が広島・長崎にもたらした惨禍を目の当たりにし、ビキニの水爆実験による被害からその強大な威力を知った湯川博士は、前述の宣言に加わりました。さらに世界連邦世界協会会長を務め、パグウォッシュ会議や世界平和アピール七人委員会、科学者京都会議などで平和運動の先頭に立ちました。
 DSC_7144.JPGその土台には、戦時中に科学者が軍事研究に動員された痛苦の教訓があったのでしょう。やはり軍部の原爆研究に参加した仁科芳雄氏は戦後、「自然科学者は、極端な国家主義的戦争に利用されてきたことについて今日十分なる反省を要求されているはずである。われわれはこの反省を通じて、今後世界平和のためにのみ積極的に努力すべきであると信じる」と述べ、日本学術会議の初代副会長となりました。
 戦争中の痛苦の教訓から憲法に定められた学問の自由と学術会議の独立の重要性を改めて痛感しています。
 湯川博士が愛された美しい日本庭園を眺めながらお話しを伺いました。博士は、いっかんして「核抑止論」の誤りを指摘されてました。よく「なぜ、こんな簡単なことがわからなのかなあ」と言われていたそうです。
 
記念に、原爆投下直後に湯川博士が詠まれ、広島平和公園にも刻まれている句「まがつびよふたたびここにくるなかれ平和をいのる人のみぞここは」の、湯川博士自筆、妻のスミさん挿絵の色紙をいただきました。この思いをしっかりと胸に刻みます。
 20.10.15.jpg第5回学術会議任命拒否問題野党合同ヒアリングに参加。 大西隆日本学術会議元会長から、学術会議の成果発表、軍事的安全保障に関する声明、中国のアカデミー等との関係、学術会議の予算の四点について説明を受けました。
〇学術会議法第五条に基づき、かつては勧告、要望が中心だったが、今日、提言、報告を多数発表していること
〇中国科学技術協会との覚書に基づく活動実績はなく、中国の千人計画とは全く関わりを持たないこと
20.10.15 ヒアリング.jpg〇予算の半分近くは職員給与で、会員・連携会員の手当ては会議出席の謝金(一日約2万5円)で一人平均年8万円程度で、テレワークや謝金辞退で不足に対応していること
 
――など、自民党や右派論者が流しているデマに事実で反論されました。
 名古屋に移動し、18時から愛知県保険医協会の荻野理事長はじめ役員の皆さんと「新型コロナウィルス感染対策」について懇談しました。日本共産党から本村衆院議員、武田参院議員、すやま衆院愛知七区予定候補と私が参加。現場の実態や要望をお聞きしました。
 終了後、明日の北陸信越ブロックいっせい宣伝のため福井市に移動。
 

ページ最上部へ戻る