essay つれづれぐさ

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私の自宅は、吉田神社がある京都市左京区の吉田本町。
「徒然草」を書いた吉田兼好ゆかりの地です。
同じ吉田のまちからつれづれなるままに思いをつづりました。

十五日の参院本会議で、安倍総理の訪米報告についての質問に立ちました。  厳しくただしたのが、「アメリカ第一」を掲げるトランプ大統領に安倍総理が「日米同盟第一」で追従することの害悪。米タイム誌が、総理のご機嫌取りの態度を「へつらい」と書いたことも紹介し、国際的に見ても異常だと指摘しました。 世界中から批判が集中しているトランプ大統領の入国禁止令を「内政問題」として黙認。核の使用も辞さない内容を共同宣…
 新年おめでとうございます。  今年は、核兵器禁止条約締結に向けた交渉が三月から始まる画期的な年となります。この間の国会で、岸田外相に対し、被爆国政府としてこの条約締結に賛成して積極的役割を果たせと求め、国連総会での議決前日にも被爆者の皆さんの声を示して委員会で迫りました。にもかかわらず、日本政府が反対したことに激しい憤りを感じています。  外相は北朝鮮の核実験などの情勢を上げましたが、核大国に禁…
 新年おめでとうございます。  市民の声が政治を変える――昨年は、希望の道を開いた年でした。参院選、新潟知事選で市民と野党の共闘の力が発揮されたこと。さらに被災者支援でも政府を動かしたことです。  年末の糸魚川市の大火では藤野衆院議員、武田参院議員と共にすぐに現地視察に入り、政府に支援を求めました。政府は当初、被災者の住宅再建に補助する被災者生活再建支援法は、「自然災害ではないので適用できない」と…

東海北陸信越の五人衆

 東海・北陸信越五人衆――初当選の武田良介参院議員を加え、藤野保史、本村伸子、島津幸弘各衆院議員と私――としての最初の論戦となった臨時国会が終わりました。  衆参通じての最後の論戦は十五日深夜一時前の衆院本会議での島津議員によるカジノ解禁推進法案の怒りの反対討論でした。  島津議員はもちろん、五人衆それぞれが、焦点となった法案・問題に正面から立ち向かいました。主なものだけでも、藤野議員は、今国会か…

韓国でも「集い」

 ソウルで開かれた第39回日韓・韓日議員連盟合同総会に出席するため、3日から4日まで訪韓してきました。  総会の開かれた4日は、衆院ではTTP批准案の本会議採決強行の可能性があり、韓国側も朴クネ大統領の問題で激動の中でしたが、「どんな困難な時でも議員間の交流は欠かさない」として開催。日本共産党からは辰巳参院議員と私が参加しました。  3日夜に韓日議連会長主催の歓迎晩餐会が開かれ、同じテーブルに日本…

カザフスタンと日本

「カザフスタンと日本は、大量殺戮兵器の破壊的な力を身をもって体験しました」―先日、参院本会議場で行われた、ナザルバエフ・カザフスタン大統領の演説は感動的なものでした。 二五年前に独立した同国。それまであった旧ソ連のセミパラチンスク核実験場で456回もの原爆・水爆の実験が行われ、大地や人々に大きな被害をもたらしました。大統領は、核実験場を閉鎖し、世界四位だった核兵器・ミサイルの軍事力を放棄したことを…
 「ガラス張りの県議会を」――富山県高岡市の県議補欠選挙の日本共産党の予定候補、  高瀬あつ子さんのポスターのスローガンです。政務活動費の不正による県議の辞職に伴う補選。先日、事務所開きに行くと、入口や道路側は全面ガラス。私は、「文字通りガラス張り。当選前から公約実現です」と挨拶しました。不正と無縁で、徹底追及する日本共産党への熱い期待が広がっています。  この問題での県議会、富山市議会での議員辞…

今、注目の党

 しもおく奈歩県議のフェイスブックに載った朗報に思わず拍手を送りました。しもおくさんが提案した、労働相談窓口を掲載したポスターをコンビニなどに貼って周知することが実現したとのこと。今年の2月議会で提案し、県から「重要であり、検討する」と答弁を引き出していたもの。  三年前の参院選挙での躍進で、吉良さん、辰巳さんの三十代議員が当選したら、すぐに政府がブラック企業対策に動き出したことと重なります。目前…
 名古屋市の金山駅コンコースで行われた「原爆と人間」パネル展に先日、立ち寄りました。パネルと共に被爆者の皆さんの描いた被爆絵も展示されていました。駅利用の皆さんが次々と足を止め、二日間で五千人もの方が見てくださったとのこと。   被爆者の皆さんが、NPT再検討会議の際の国連本部でのパネル展示を始め、世界に向けて被爆の実相と核廃絶を訴えてきたことが世界を動かしました。核兵器禁止条約の交渉開始に向けて…
 演説会の弁士で長野県飯田市を訪れた際、阿智村にある満蒙開拓平和祈念館に立ち寄りました。  「20町歩の地主になれる」「満州は日本の生命線」――夢がふりまかれ、国策として全国で約27万人の満蒙開拓団が「開拓移民」として送り込まれました。全国で最も多く送りだしたのが長野県南部の飯田・下伊那地域です。  「開拓」といっても、多くは現地の人々の土地や家屋を収奪したものであり、侵略への加担でもありました。…

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