活動日誌

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74年目の原爆投下の日

19献花.jpg 5:45にホテルを出て、平和公園の原爆慰霊碑に日本共産党中央委員会として献花。いったんホテルに戻り、8:00から原爆犠牲者追悼平和祈念式典に参列しました。

 例年の酷暑のなかでの式典と違い、台風の影響で少し雨が降り、風も吹く式典となりました。8:15に黙とう。平和の鐘の音とセミの鳴き声が式典を包み込みました。

 市長の「平和宣言」としてはじめて、市民の声に応えるよう求める形で、核兵器禁止条約の批准を政府に求めたことは、この間の世論と市議会論戦の反映でした。

 総理のあいさつは相変わらず、条約には一切触れない空疎なもの。

 「平和の誓い」を行った二人の小学生は、豪雨被害の地域の小学校の生徒。「みんなの『大切』を守りたい。『ありがとう』や『ごめんね』の言葉で認め合い許しあうこと、寄り添い、助け合うこと、相手を知り、違いを理解しようと努力すること。自分の周りを平和にすることは私たち子どもにもできることです」と述べ、感動的でした。

 総理はこの言葉をどう受け止めたのでしょうか。

19国泰寺慰霊碑.jpg 閉会後、国泰寺高校に立ち寄ってもらい、原爆慰霊碑に、議員団の皆さんにも手を合わせてもらいました。ありがとう。

 続いて県被団協(坪井理事長)主催の「原爆死没者追悼慰霊式典」に参列。そのあと、平和公園に戻り、「原爆の子の像」と「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」を訪れ、13時から原水爆禁止世界大会広島デー集会に参加。

 68416449_1414984471973312_19682666886463488_n.jpg集会のフィナーレでは檀上に上がり、海外、国内の代表の皆さんらとともに「We Shall  Over Come♪」を歌いました。

 国会最終日の昨日は、午前中に会期末処理の委員会、本会議が開かれました。夕方に広島入りし、夕食は岩渕、伊藤議員と共に鉄板焼きとお好み焼きを堪能しました。             

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