昨夜開かれた、ドイツ連邦参議院のクレッチマン議長一行歓迎の平田参院議長主催レセプションに会派を代表して出席。原発や歴史認識のことからサッカーのことまで語り合い、実に楽しく有意義なひとときでした。詳しくご紹介します。
ドイツ連邦参議院は日本と違い、各州政府構成員から人口に応じた人数が任命されます。議長は各州首相による輪番制。来日された議長は、バーデン=ヴェルテンベルク州知事です。私の隣の席は、随行者の州政府報道官のホーグフリート氏でした。
食事をしながら通訳を挟んでの会話。まずは、原発の話題です。ドイツで脱原発が進んだのはチェルノブイリ事故以来の国民的ぎろんがあるからかと聞くと、「それだけではない。チェルノブイリは、技術の遅れた国での事故だった。しかし福島は、日本のように進んだ工業国でも事故は起きるのであり、原発事故は防げないという認識をもたらした」と明快な答え。
メルケル首相の脱原発を宣言した国会演説の中に、そういうくだりがあったことを思い出したとお話ししました。肝心の日本の政府が自分たちの起こした事故に学んでないのですから情けない。
さらに私が、「日本では原発を廃止すると立地自治体での雇用が失われるなど地域経済に重大な影響がでるという声がまだ根強いがドイツではどうか」と聞くと、「そんな声はまったくない。むしろ自然エネルギーの普及で新しい雇用が作り出されている」とこれまた明確な答えでした。脱原発にゆるぎない自信を持っていると感じました。
次の話題は歴史認識の問題。橋下氏の発言が大きな問題になっていることを知っておられたので、「今の自民党には、かつての侵略戦争を美化する流れが強く、橋下氏の発言もその流れと一体だ。お国の大統領が戦後40年にやった演説を読んで感動した記憶があるが、大きな違いだ」とお話ししました。
すると即座に、「ワイツゼッカー大統領ですね」の答え。ドイツ敗戦40周年の時の「過去に目を閉ざす者は、未来に対しても盲目となる」という演説は日本でもブックレットになりました。
するとホーグフリート氏は、「私はオランダからの移住者で二重国籍を持っている。ドイツに移住する際に、なぜドイツにとの声があったが、この演説後の後はそういう声はなくなった」と話してくれました。国の指導者が侵略への真摯な反省をしめしてこそ、周辺国との真の友好が進むのだと実感。日本とは天と地の違いです。
さて、サッカー談義も盛り上がりました。「香川をはじめ、ドイツで活躍してきた日本選手は多いですね」と切り出すと、「州の首都はシュトゥットガルト。同名のサッカーチームにはブッフバルトという代表選手がいて、日本の浦和レッズでプレーし、監督も務めた」と語ります。
そして、「チームには今、岡崎と酒井がいる。実は、来日する一週間前に和食レストランで議長がこの二人と一緒に食事し、箸の使い方を教えてもらった」というではありませんか。驚きました。日本食が楽しみだったそうで、「とてもおいしい」と箸を使って食事されていました。
京都にも行き、京大も訪問する日程。「私の家は京大の隣。日本のふるさとを楽しんできてください」とお話ししました。
最後に全員で記念撮影。本当に有意義な一夜でした。
5.3実行委員会主催の憲法96条改悪に反対する院内集会に参加し挨拶。日本共産党から笠井議員と私、社民党、無所属の議員も参加しました。
朝の国対の後、10:30から参院野党国対委員長会談があり、衆院選挙区の区割り法案の取り扱いについて協議。倫理選挙特別委員会で、成年被後見人選挙権回復法案の成立後、審議にはいることで一致しました。
その後、法務理事懇。今後の審議日程について協議しましたが引き続き合意に至らず。1:30から憲法院内集会。16時すぎから、参院選挙制度について各党協議会。
京都を朝出て金沢市に向かい、午前中は金沢南生健会総会での挨拶と街頭演説。午後は富山市で市田書記局長を迎え、高橋渡選挙区候補とともに大演説会。夜は名古屋市泊まり。今日も駆け巡りました。
金沢に向う列車の中でFBチェックをしていると、「サンデーモーニングで井上さんの質問の映像が流れていた」というコメントを何人もの皆さんからもらいました。私は、移動中で見られませんでしたが、村山談話の「侵略と植民地支配」という文言も受け継いでいるのかと迫ったところが放映されたようです。
金沢市内の街頭演説は秋元県委員長、佐藤県議とご一緒。近江町市場入り口付近の繁華街で訴えました。たくさんの皆さんが集まってくださいました。
午後の演説会の会場に着くと、会場周辺を右翼の宣伝カーが「粉砕!」とがなりたてて回っており、ものものしい警備。富山ではあまりなかったこと。安倍政権の、侵略戦争否定の見解や橋下氏の慰安婦発言と一体の姿勢を追及する日本共産党が目障りなのでしょう。いっそうファイトが沸いてきます。
演説会では、高橋候補に続いて決意表明。市田さんがたっぷり1時間話された後、3人で会場の声援にこたえました。出口で参加者と握手していると、ずいぶんたくさんの皆さんから、「質問のテレビ見ました」という声をかけていただきました。嬉しいですね。
終了後、秋の高岡市議選で南部議員の後継として立候補予定の高瀬あつこさんと握手して撮影。高瀬さんは京都橘大学卒業で、私の妻の一学年上になります。同時代に活動した皆さんらから、京都から応援しようと声も上がっています。がんばれ!
明日の早朝宣伝のために名古屋市に移動。夕食には、若狭の焼き鯖寿司をゲット。美味! ただ、昼も夜も列車の中で弁当というのはちょっと残念。
予算委集中審議で質問に立ち、日本の侵略戦争や橋下氏の慰安婦問題発言への認識をただしました。質問の動画はこちらから。
http://www.jcp.or.jp/web_mov/2013/05/post-681.html
安倍総理は、午前中の他党への答弁で、橋下氏の慰安婦必要発言について、「政府と立場は違う」というが、「慰安婦が必要だった」ということを否定するのか、認めるのかはあいまいにしたままでした。よし、ここをさらにただそうと、原稿を補強して午後の質疑にのぞみました。
私は、まず、橋下発言が、女性を性の道具、戦争遂行の道具にして当然だというものであり、被害者を再び傷つけ、女性全体の人権を踏みにじるものだと指摘。公人としての資格が厳しく問われていると強調しましたる
そして、安倍内閣の閣僚が「タイミングが悪い」とか「当時は必用だから会ったのだろうが、今、強調するべきことか」などと発言していることを示し「橋下発言のタイミングは悪いが、中身は問題ないとうのが安倍内閣の立場か」とただしました。
それでも総理は「立場が違う」「他党の発言なので」と繰り返すばかりで、最後まで、「従軍慰安婦が必要だった」ということを否定しませんでした。私は、海外メディアが、橋下発言と安倍氏のこの間の言動を一体のものとみていることを紹介しましたが、総理自らがそのことを浮き彫りにしました。
橋下発言への厳しい世論の広がりを見た自民党は、自分たちが同根であることが国民の前にさらされることがよほど恐れているのでしょう。激しいヤジが飛ぶ質問になりました。
終了後、たくさんの皆さんからメールや電話で激励をいただきました。「良かった」という声とともに「質問時間が短すぎる」という声も。参院選で勝利して議席を増やし、質問時間をもっと増やしたいと改めて痛感しました。
集中質疑の後、しめくくり総括質疑があり、18時30から本会議。反対多数で否決となり、両院議員協議会が開かれることに。協議会で成案を得ることができず、衆院の議決が国会の議決になると議長が宣言した三ラウンド目の本会議が終わったのは22:45頃。予算が成立しました。
その後、各会派の挨拶回りをした安倍総理らを山下議員団長らと控え室で迎えました。宿舎到着は23時過ぎ。長い一日でした。
今日は憲法記念日。今朝の毎日新聞には、憲法についての私のインタビューが掲載されました。午前中は倉林選挙区候補と共に憲法街宣。西山高原アトリエ村展を訪れた後、成年後見選挙権京都裁判の提訴2周年集会に参加しました。
憲法街宣は、渡辺和俊日本共産党京都府委員長、河合葉子京都市議、島田敬子府議らがご一緒に3ヵ所で訴えました。どの場所でも「びっくりするくらい、ビラがよく受けとらる」とのことでした。関心が高まっています。
西山高原アトリエ村展は、京都市西京区の西山高原に工房や作業場を構える美術家皆さんが取り組まれイベントで、今年で26回目。一般住宅や作業場に混じって26の会場が点在しており、絵画や彫刻、陶芸、染色、木工、ガラス、シャボン玉など様々な作品が展示されたり、体験できるようになっています。
会場をぶらぶら歩き、峯子さんの絵画展や貴志カスケさんの作品など見せてもらいながら懇談。さわやかな天気で、もっとゆっくりしたいと思いつつ、次の会場に向いました。
「さっさと、公選法の改正を」と求める成年後見京都裁判の2周年集会。原告の田中康夫さんの挨拶の後、違憲判決を勝ち取った東京裁判の杉浦弁護団長が講演されました。
続いて国会議員の挨拶では私と民主衆院議員が登壇。穀田さん、自民議員からのメッセージも。私は、3回の国会質問の敬意と内容、公選法改正をめぐる与党の動きなども紹介しながら「原告の田中さんはじめ成年被後見人の皆さんが参院選で投票できるよう、各党とも協力し、法改正へ力尽くす」と挨拶しました。
京都をはじめ全国の憲法集会はどこも大盛況だったようです。国民的な危機感の広がりが示されています。
規制委へ要請では、新規制基準ができても大飯原発は9月の定期検査まで特別扱いすることや、実効ある避難計画なしでも再稼働を認めること等に批判の声が次々。現地からの声はさすがに鋭い。
今日は、朝8:00から超党派の「13条を考える会」設立総会。私も呼びかけ人の一人となって立ち上げたもの。伊藤真弁護士が「立憲主義と憲法13条」と題して講演。
憲法について歴史的に掘り下げ、近代立憲主義の中核が「個人の尊重」であり、それを定め、幸福追求権を掲げた13条が日本国憲法の根本的価値を構成していると説かれました。実に明快でした。
この議連自体は、13条について深めていくことが目的ですが、自民党の改憲草案で13条で規定された「個人の尊重」を「公益および公の秩序」によって制限するという、現憲法の根本的価値をなくしてしまう内容を持っている時だけに重要な意義があると考えています。
続いて国対。福井に同席。12時から法務委員会がひらかれ、裁判所職員定員法案の趣旨説明を聞きました。質疑は連休明けの7日になります。
午後も福井に同席した後、15時前の新幹線で京都へ。京都弁護士会の新役員披露宴に出席し、藤井・新会長はじめ新役員の皆さんにお祝いを述べました。昨日に続き、東京にとんぼ返り。
「赤旗」をはじめ今朝の新聞各紙で大きく報道された砂川事件「伊達判決」に関する米国務省の解禁文書。布川玲子山梨学院大学教授が米国立公文書館に対して開示請求をして入手したものです。
開示手続きに協力した国際問題研究者の新原昭治さんから今日、資料のコピーが送られてきました。
解禁文書は、59年8月3日発信の、マッカーサー駐日米大使が米国務長官にあてた秘密書簡。安保条約改定の署名が当初日程より遅れた理由が米軍駐留を違憲とし「伊達判決」にあったことが明らかになっています。
また、最高裁の田中耕太郎長官がレンハート駐日米首席公使と会談し、伊達判決の跳躍上告による公判の日程や判決の落としどころなどを伝えたことを生々しく報告しています。裁判官として厳守すべき「評議の秘密」まで破って情報提供をする最高裁の対米従属ぶりが鮮明。極めて重要な資料です。
今日は朝の国対の後はデスクワーク中心。午後からハーグ条約と同関連法案の対応についての会議、原発問題での論戦打ち合わせ、法案審査会議、議員団会議と続きました。
ひどいのは自民党議員の出席の悪さ。約半分の席が空いたままです。参考人にも失礼ですし、改憲を掲げて審査会の開催を主張しながら出席しないといういい加減さ。先日の予算委で、安倍総理が憲法学の第一人者である芦部信喜を知らなかったことが話題になっていますが、この党は改憲は論じても憲法学には関心がないのでしょうか?
自民党の改憲草案が「憲法とは国民が権力を縛るもの」という近代憲法の根本から逆の内容になっているのも、当たり前なのかもしれません。
今日は朝の国対の後、明日の倫選特の質問準備。11時から歯医者。13時から憲法審査会。終了後、夕方に質問通告。
午後から上越市で北陸信越ブロックの会議。途中の湯沢町や十日町市にはまだたくさん雪が。会議中に、成年後見人をつけると選挙権を失うという公選法の規定は違憲だとする画期的な東京地裁判決のニュースが届きました。素晴らしい!
知的障害のある茨城県の女性が国の選挙権の確認を求めていた訴訟。それまで、ずつと投票してきのに、「障害者の自己決定権の尊重と本人保護のため」の成年後見人制度を利用すると投票できなくなるというのは余にも不合理です。
私は、2011年に法務委員会でこの問題を取り上げ、法の下の平等に反すると質問。法相も成年後見制度と「投票の判断力は関係ない」と明解に答弁し、「重要な指摘」だと述べています。 議事録はこちら。https://www.inoue-satoshi.com/kokkai/2011_177/houmu_110419.html
質問前後に、原告や支援の皆さんとも懇談し、訴訟を応援してきただけに本当に嬉しい判決です。政府は控訴せず、すみやかに公選法の改選で選挙権を回復させるべきです。
今日は、朝の国対の後、新潟県上越市で開かれた北陸信越ブロック各県の日本共産党県委員長さんらによる会議に出席。
会議では、各県の情勢や参院選挙に向けた取り組みが交流されましたが、TPPをめぐって各地のJAの皆さんとの懇談や共同の広がりが特徴的でした。明日にも政府が交渉参加を表明するとされているもとで、いっそう一点共同を強めていくことなど議論しました。
終了後、東京へ。途中の十日町市や湯沢町は一面銀世界。雪国の冬は長い。