京都を朝出て、静岡県磐田市へ。根津康広、高梨俊弘両市議と共に街頭から訴えました。今日は愛知県内で「集い」の予定でしたが、緊急事態宣言発令された中で中止となったため、急遽計画してもらつたのですが、支部や後援会のみなさんがご一緒にスタンディングしてくださり、にぎやかな街宣になりました。暑い中、感謝です。
静岡県のコロナ新規感染は昨日も600人を超え、過去最多クラスが続いています。「総理は記者会見で『灯りが見え始めてきた』といったが、赤信号と見間違えたのではないか。入院できないまま自宅で亡くなった方、まともな保障もないまま自粛している飲食業の方に、灯りなど見えない。自らの人災という自覚も、危機感もない菅政権にはサヨナラする以外にない」と、日本共産党の躍進、野党共闘の勝利を呼びかけました。
京都に戻り17時から京都一区・穀田恵二衆院議員の事務所開きに参加。「野党共闘」の柱である穀田さんを何としてもと、各界からの熱い期待の声、比例の躍進と今度こそ、小選挙区での勝利をという穀田さんの気迫の訴え、「よし勝つぞ」と思いが一つになった事務所開きでした。がんばるぞ!


終日、党本部で第二回中央委員会総会。来年秋までに必ずある総選挙で、野党連合政権の樹立と日本共産党の躍進という二つの目標をやり遂げることを確認。
そのために、わき目もふらず比例での党躍進のための活動に集中する「総選挙躍進特別期間」として取り組むこと、総選挙に向け「新しい日本をつくる五つの提案」を訴えてたたかうことを決めました。
討論では、コロナ禍の下での情勢の変化や国民意識の前向きの変化が起きていること、党大会以来11か月の間に党建設の確かな前進の足掛かりを作ってきたことが語られました。とりわけ、衆院の現職や予定候補の皆さんが国民の中に入って共感を広げていることを生きいきと語りました。
総選挙へ「よし、やるぞ」と確信と勇気の湧く総会になりました。り
今回、コロナ対策のため、はじめて、地方在住の中央委員はZOOMによるリモート参加になりましたが、スタッフの皆さんの努力で、距離を感じさせない一体感をもった総会として成功しました。お疲れさまでした。
朝行われた野党国対委員長連絡会議では、自民党が予算委員会の開催に難色を示していることを受け、改めて強く求めること、憲法に基づく臨時国会召要求を参議院でも検討することを確認。河井夫妻の買収事件や秋元司衆院議員の司法妨害で、自民党・安倍首相の責任は重大だと一致しました。
その後の国対会議で、野国連の報告を受けて対応等について議論しました。衆では内閣委員会で、参では災害対策特別委員会で閉会中審査が行われ、それぞれ塩川衆院議員、武田参院議員の質問を院内テレビで視聴しました。
雑誌『前衛』に書いた拙文、「女性の事件を国際基準に~女性差別撤廃条約選択議定書の早期批准を」の最後の校正。9月初めに発売されますので、読みあれ!
実に久しぶりの院内集会に参加しました。日本婦人団体連合会の「ジェンダー4署名提出行動」です。女性差別撤廃条約選択議定書の批准をはじめ4種類の署名約16万人分を受け取りました。
柴田会長に続き、参加した国会議員が一言あいさつ。私は、3月の外交防衛委員会で二回にわたり選択議定書の早期批准を求め、茂木外相が「検討を加速し、早期に締結するために障害になっていいる課題を早期に解決する。関係省庁と鋭意協議させていだきたい」と答弁したことなど紹介しました。
参加された団体からもメッセージからも挨拶。コロナ禍の下でジェンダー問題の重要性、困難な条件の中での運動の努力、学校現場や公務職場でのご苦労や定員拡充の必要性など、みなさん話したいことがいっぱいで大幅に時間オーバー。
オンライン会議もいいですが、やっぱり、こうして集まって交流すると元気になります。
日本共産党国会議員団から6人が参加し、立憲から大河原衆院議員が参加。他の野党議員の秘書さんの参加もありました。
10時から外交防衛委員会が開かれ、社会保障二協定の趣旨説明聴取。午後からは、アメリカが爆発を伴う実験の再開を議論しているという報道や小型核兵器の配備の問題で外務省レク。さらに第二次補正予算案について議員団としてヒアリング、倫理選挙部会の会議と続きました。
広島市内最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠」を笠井、本村両衆院議員と共に視察。全棟保存を求める原爆遺跡保存運動懇談会副座長で、県原水協の高橋信雄代表理事が案内してくださり、大平前衆院議員、辻県議、中原、藤井市議、県被団協の皆さんがご一緒でした。
築103年。陸軍の軍服や靴を製造し、被爆直後は臨時の救護所になり、多くの被爆者がここで亡くなりました。老朽化を理由に県所有の3棟のうち1棟だけ外観保存し、2棟は解体という方針に県民の批判が広がり、一年間先送りになっています。
鉄筋コンクリート・レンガ造り3階建てで、3棟の全長は270mという巨大さ。文化財としても貴重であり、軍都広島を伝える遺構でもあります。なによりも、爆風で曲がった窓枠など被爆の実相を伝える迫力に、全棟保存・活用が絶対必要と痛感しました。
これだけの貴重な被爆建物であるにもかかわらず、他の建物にはある案内板は見当たりませんでした。これまで、ほとんど知らせる努力をせず、きちんと補修など行われないままに解体という方針が示されたもの。
被爆の実相を次世代と世界に伝える地元自治体と国の責任が問われています。世論と知恵を集めることが必要です。
視察に先立ち、母校・広島国泰寺高校に立ち寄り、前身である広島一中の原爆犠牲者の追悼の碑に手を合わせました。
移動の車中で読んだのは、高校の同窓会誌でも紹介された『異端の被爆者~22度のがんを生き抜く男』。当日、一中で被爆し、わずかに生き残った同級生もその後亡くなり、今や唯一の生存者となった兒玉光雄さんを描いた本です。
宿舎に戻る途中、うれしいニュース。今日、投開票の京都府笠置町長選挙で、日本共産党が自主的に支援した新人の中淳志候補が、自民、立憲、国民推薦の新人を23票差で破り、当選!
同町では、まちづくり事業に絡み、国の交付金を不正受給したとして町職員、まちづくり団体代表らが書類送検され、町政改革が求められていました。
先週の日曜日、同町を「集い」で訪れた際、中さんの自宅を訪問してお会いし、町政改革への意気込みをお聞きしたところです。 心からお祝いします。住民の声が届く、開かれた町政を期待しています!