昨日に続き沖縄市議選の応援。朝から肌がじりじり焼け
さらに、3議席になれば、議案提案権を獲得できます。参院選の躍進で議案提案権を獲得し、ブラック企業規制法案の提案により政府が対策に動き出したことも紹介し、日本共産党が伸びれば市民の願い生かす力が大きくなりますと強調しました。
昼休憩のときに、池原秀明、千葉あやこ両候補の事務所を激励。最後までの支持の拡大で何としても勝利を!
京都を朝出て伊丹から那覇空港へ。昼過ぎに得着し、まずは辺野古の視察と激励。途中の昼食は定番ソーキそば。辺野古の浜で小泉親司さんと合流。美しい海に防衛省が浮かべたオレンジのブイも市民を監視、弾圧する海上保安庁の船のなんと異様なこと。
米軍基地との境界のフェンスには、「勝つ方法 あきらめないこと」の横断幕。この美しい海に、新しい基地を作ることなど絶対に許せないとの思いを新たにしました。
浜で座り込みテントを激励した後、ゲート前の座り込みテントも激励に行くと、糸数慶子参院議員もちょうど来られていて、並んで激励のあいさつをしました。
夜は前宮みつこ沖縄市議候補の決起集会に参加。前宮さんの勝利、日本共産党の二議席から三議席への躍進で、安倍暴走ストップ、新基地建設ノー、いのち暮らし守る市政をの声を示そうと訴えました。
各省から来年度予算の概算要求が出され、次々と資料が届いています。今日は午前中、防衛省の担当者に来てもらい、自衛隊のオスプレイ配備に関する概算要求について説明を聞きました。190億円が計上され、うち109億円が佐賀空港配備に関するもの。
先日、佐賀県、佐賀市を小野寺防衛相が訪問して説明していますが、自衛隊との共用はしないと漁協などと覚書を交わした民間空港を自衛隊が使用し、日本型海兵隊を運ぶ海外派兵の拠点とするものです。近くの陸自基地のヘリ部隊50機も移転し、オスプレイ17機とあ
しかも政府は、米軍オスプレイの訓練移転の給油や整備等にも使
13:30から参院の選挙制度協議会。三年後とに半数改選のため複数定数となっている、選挙区の定数について奇数配分を可能にする案について議論しました。定数1となる件については6年に1回の投票にする案と、全都府県を二つのグループに分けて半数の改選にする案の二つ。いずれも、投票に参加できない都道府県が生じ、正確な民意の反映ができず、投票機会の平等にも反するものとして反対を表明。提案した民主、改革以外の会派も同様に意見でした。
その後、国会対策委員会、議員団会議と続きました。
19日は、朝から議員会館でデスクワーク。13時から、オスプレイの佐賀空港配備問題で防衛省レク。14時から国対会議、16時から議員団会議。19時過ぎ羽田発で佐賀市へ向かいました。
20日は終日、仁比参院議員、塩川衆院議員、赤嶺衆院議員の秘書らとともに党国会議員団オスプイ配備反対闘争本部としての、オスプレイの佐賀空港配備問題での調査。佐賀県、佐賀市、有明漁業協同組合、空港管理者から聞き取りをし、防衛省が自衛隊施設の建設を要請している空港隣接の干拓地、陸自目達原駐屯地を視察しました。
防衛省が計画している目達原駐屯地からの ヘリ50機の移動と自衛隊オスプレイ17機の配備が行われば、陸自の航空部隊として最大規模の基地になり、離発着回数での民間機より自衛隊機がはるかに上回ることになります。「共用」どころか佐賀空港が軍事基地化することになります。さらに米軍オスプレイの配備は、沖縄の負担軽減どころか、沖縄の騒音被害などはそのままに本土に被害を広げることにしかなりません。
県との懇談では、県として佐賀空港を格安航空機の拠点として発展させる立場に変わりわないことが表明されました。佐賀市との懇談では市長の「受け入れに賛成できる状況にない」との立場を改めて確認し、市に寄せられた市民の声の八割が反対、懸念を示していることが紹介されました。
共通しているのは防衛省から突然の表明があったまま、概要しか示されていないことに当惑している様子。にもかかわず防衛省は用地取得のための予算を概算要求に盛り込むことを表明しており、「見切り発車」的なやり方は許されません。
佐賀市との懇談を終えたところで、仁比議員が急きょ離脱し、広島市での大雨による土砂崩れの現場に急行することになりました。お互い体が2つ欲しいという思いです。
地元からは武藤県議、中山、山下両佐賀市議、九州ブロックの田村所長らが同行してくださいました。お世話になりました。
調査を終え、在来線と新幹線で京都へ。自宅着は23時過ぎ。
朝から議員会館で資料の整理など。午後から参院選挙制度協議会に出席。一票の格差是正のために、人口の少ない県に対し隣接する人口の大きい県の一部地域を編入する「選挙区域調整案」について議論しましたが、その場しのぎの数合わせ感が強く、住民の合意は得られないなどの理由ですべての会派が反対しました。
15時から、自衛隊オスプレイの佐賀空港配備の調査についての打ち合わせ。20日に議員団として現地調査をします。
23:45から「たけしのTVタックル」。13日に収録したものですが、中国脅威論をあおるVTRに基づき自民党参院議員を含む元自衛官三人と評論家が軍拡と集団的自衛権行使容認をあおる発言の連発。かなり反論したつもりですが、編集では随分落とされていました。ただ、政治家の出演は自民党と私のみ。「自共対決」でした。
13日の朝から、広島の実家に家族と帰省する予定でしたが、12日の午後に植木広報部長から手℡。いやな予感がしましたが、案の定、翌日夕方の「TVタックル」の収録に出演できないかという話。「集団的自衛権」等がテーマで出演予定者で政治家は自民党と共産党だけなので、でないわけにはいきません。
予定を変更して私は遅れて帰省することとし、準備のために急きょ、東京に行きました。13日の午前中は議員会館で資料整理や準備。昼前に収録の台本が届きました。テーマは「ニッポン人と戦争」
16時にテレビ局入りし、17時から収録開始。VTRの内容や集団的自衛権推進派の発言ははもっぱら、中国の脅威にどう軍事的に備えるかというもの。紛争を戦争にしない外交的備えこそ必要と反論しました。さて、ど
終了後、京都へ。
68回目の広島の原爆の日となった8月6日。前日に広島入りし、党国会議員団として原爆養護老人ホームと原爆病院の慰問、広島県被団協・被爆者相談所での懇談を行い、途中、母校広島国泰寺高校の校庭にある広島一中の原爆犠牲者の碑にお参りしました。6日は朝6時に日本共産党としての平和公園での献花から始まり、原爆犠牲者追悼・平和記念式典、広島県被団協(坪井理事長)の追悼慰霊祭、原水爆禁止世界大会激励と続きました。
平和祈念式典は43年振りの雨の中で行われました。式典後の県被団協の被爆者追悼記念式典で挨拶に立った私は、「原爆犠牲者の皆さんの涙雨に思える」と切り出しました。今だに核兵器廃絶が実現せず、福島では放射能被害が続き、さらに集団的自衛権行使容認で再び日本が戦争国に進もうとしている――これらへの憤りの涙に思えたのです。
同時にのべたのは、核兵器の非人道性に対する国連総会の共同声明に百二十五か国が加わり、来年のNPT再検討会議に向け核兵器禁止条約をも取る各国の賛同が広がっていること。さらに、5日の胎内被爆者の全国連絡会が結成され、全国で被爆二世・三世の会の結成も続いていることや戦争する国づくりを許さない若い皆さんの行動の広がりも強調しました。
雨も上がり、昼前には原爆ドームの上に青空が見えました。涙雨の空から、核兵器も戦争もない明るい未来が見通せる空にしよう。被爆二世としての誓いを新たにした二日間でした。
2日は新潟県上越市からひる前に東京に戻り、演説準備や原稿チェック、買い物などなど。
3日は長野県知事選挙の野口しゅんぽう候補の応援に、東京を朝出発。佐久
続いて午後は上田市、夜は長野市で演説会。いずれも会場あふれる盛況で大いに盛り上がりました。野口候補も、「知事になって最初の議会での所信表明の予行演習です」とのべて演説を始めるなど、自信を持った訴えに迫力がますますついています。
私演説で今朝の二つの記事を紹介しました。一つが「毎日」の一面。民間船員を予備自
もう1つ紹介したのが「朝日」の投書。「戦争に
子どもたちの未来のためにも、大人が声を上げる責任がある。野口候補勝利で声を示そう!
長野市の演説会終了後、東京へ。