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「外交安保・核廃絶」の記事

 院内で開かれた、ナヌムの家ハルモニを迎えての院内集会「政府は今こそ日本軍「慰安婦」問題の解決を」に参加しました。被害者のハルモニたちの平均年齢は88歳と高齢。これが最後になるかもしれない、どうしても日本で訴えたいと来日されハルモニは三人。

 イ・オクソンさん、カン・インチュルさん、パク・オクソンさんのさんです。「お金儲けのためだったという人がいる。慰安所は人が住むところでない。屠殺場のようなところ。人とも扱わない場所。15歳の娘が誰が進んでいいか」と叫びのような訴えがあり、安倍総理への厳しい批判も出されました。重い訴えを胸に刻みました。

  21:10から東中野で映画「標的の村」のレイトショーへ。沖縄県東村高江でのオスブレイ、ヘリパット反対の座り込みの闘いのドキュメント。先日の調査で訪れた時にお会いした安次嶺さん一家や伊佐さんらの姿が大写しになり、「頑張れ!」と心の中で叫びました。

 普通の生活をしたいという当たり前の願をもつ人々が訓練の標的とされる理不尽に怒りを新たにしました。闘う人の笑顔は美しく清々しい。

IMG_0316.JPG  「非核の政府を求める会」の役員の皆さんと共に外務省を訪れ、今日から始まる国連総会で、核兵器禁止条約の交渉開始を提唱することなど申し入れました。

 応対した北野軍縮不拡散科学部長は、禁止条約について「核兵器国も受け入れられる条件が整っていない」「めざすべき優先課題ではない」との従来の回答。

 さらに政府が、核兵器を「いかなる状況下でも」使わないとする「核兵器の人道的影響に関する共同声明」を拒んだ問題について、安全保障政策上受け入れられなかったとしつつ、今後「日本政府としてかかわる道筋を探りたい」との発言。シリアでの化学兵器使用を「いかなる状況でも許されない」としていることとの矛盾をただすと、化学兵器と核兵器にはそれぞれの議論がある」という回答。

 「被爆国として核兵器使用容認は許されない。被爆国の原点に立ち戻ったイニシャこそ求められている」と重ねて求めました。

 午後から、新人議員の皆さんに国会活動の具体的内容について説明と質疑応答。夜は京都出身の労組・民主団体役職員の皆さんが当選祝いをしてくださいました。ありがとうございます。

 京都からは大雨被害の様子が刻々と送られてきており、行政も被害全容をつかみ切れておらず、時間がたつにつれ被害が広がっています。党議員団として山下書記局長代行を本部長に対策本部を立ち上げました。

 名護市内のホテルを出て、嶺進名護市長と懇談。辺野古新基地反対を貫く市長に国が再編交付金をカットして兵糧攻めにする中、市民とともに基地に依存しないまちづくりを進めてこられたご苦労や成果をお聞きした。この道にこそ未来があると実感しました。

 終了後、名護から那覇に高速道路で移動。そのバスの目の前にオスプレイが出現しました。新たに配備されたオスプレイの訓練が昨日から始まっているようです。高速道の上を低空で飛ぶ姿に、沖縄は基地の中にあることを改めて実感しました。

 沖縄県庁で党県議団と合流し、仲井真県知事と懇談。知事からは県として、基地の整理縮小、米兵による事件、事故の根絶、地位協定の改定を求めているとのお話。オスプレイの日米合意違反の飛行実態について県の調査を政府が認めない問題、事故原因も解明されないまま事故同型機の飛行再開が行われることなどに知事からも批判の声が出されました。

 その後、琉球大学工学部の渡嘉敷健准教授から「オスプレイの爆音、低周波被害」と題してお話を聞きました。音や画像を使っての説明は、低周波被害の問題点がよくわかり、今後の参考になるお話でした。

  県庁を出て、瀬長亀次郎と民衆資料「不屈館」へ。瀬長さんの娘の内村千尋さんの説明を受け、沖縄人民の闘いと瀬長さんの偉大さを改めて実感。再現された部屋で仕事をしている瀬長さんの写真の前にじっと座り、元気をもらって帰る人がたくさんいるそうです。

 那覇空港から、関空経由で京都へ。自宅着は沖縄県知事.jpg

 昨日朝の伊波・元宜野湾市長から普天間基地の説明を受けている様子の動画をこのHPにアップしました。ご覧ください。

 

 

高江.jpg 今日、明日は党国会議員団の沖縄米軍基地・オスプレイ調査。調査団長は穀田議員。副団長は赤嶺議員と私。さらに塩川、仁比、倉林、吉良各議員による調査団です。

 7時に那覇市内のホテルを出て、まずは嘉数高台から普天間基地を視察。伊波洋一元宜野湾市長から説明を受けました。伊波さんから、SACO合意後「負担軽減」と言いながら騒音被害数は倍になっていること、オスプレイが最初から日米合意を守っていないことなどお話がありました。

 特に、米軍機が住宅の上は飛んではならないという米国ないのルールがあるが、日本の住宅の上はルールを無視して飛ぶが、米軍住宅や施設に対してはルールを守り、基地内でもその上は避けているというお話に改めて怒りを覚えました。

 バスの車内から見える米軍基地について説明をうけながら嘉手納町に移動。懇談した當山嘉手納 町長は、基地の騒音と悪臭は町民の受忍限度を超えていると強調され、第三次騒音訴訟には有権者の約半分が参加しているとのお話。さらにも我々は現状の改善を求めており、オスプレイCV22の日本配備そのものがあり得ないと強調し、断固反対であり、阻止したいと力強区述べられました。懇談には日本共産党の田中・町議会副議長も同席。その後、道の駅から基地を視察しました。

 続いて、昼夜を問わぬオスプレイの低空訓練被害を受けている宜野座村城原区へ。大嶺区長さんや被害をノートに記録されている泉さんからお話を聞きました。区長さんが慣れぬiPadを使って撮影されたものには、家のすぐ上を飛ぶ映像がしっかり残されており、米軍の横暴とともに合意違反を認めない政府の姿勢にも改めて怒り。懇談中に「来たぞ!」の呼び声。慌てて、懇談会上から外に出て、飛んでるオスプレイを初めて見ました。

 次は、辺野古の新基地計画地。海岸沿いの座り込みテントや「命を守る会」事務所を訪問して懇談。新基地計画の環境破壊の実態や、この間の住民の皆さんのご苦労や運動の前進などについてお話を聞きました。すぐそばの基地のフェンスにはたくさんの横断幕が。米軍などに撤去された数は3月以降で380枚!それでもどんどん全国から送られてきて張りだしが続いています。全国の連帯のと現地の不屈の戦いが結びついています。

 さらに東村高江に移動し、「ヘリパットはいらない住民の会」の皆さんとの懇談。集落を囲むように6つものヘリバットを作る計画ですが、これをオスプレイが使用することが明らかになっています。24時間抗議の座り込みをされている皆さんに、その思いや大変なご苦労をお聞きしました(写真)。「共産党を初め全国の皆さんのバックアップがあってこそへこたれずに頑張ってこれた」のお話しに決意を新たにしました。

 終了後、名護市内のホテルに泊まり。

 

 

 

P1120154.JPG 福島第一原発の汚染水漏れで、昨日決定された政府の基本方針について議員団として資源エネルギー庁からレクをうけました。

  「政府が前面に出て...抜本的対策」と強調していますが、従来の方針を踏襲しただけ。米AP通信が「大部分が発表済みのもので、五輪開催地の投票を前に安全性の宣伝との見方が有力」と報じた通りの内容です。被災地からも失望と怒りの声が聞こえてきます。

 続いてシリアへの米国による武力攻撃問題で、昨日に続き韓国大使館を訪問し、グ・ホンソク参事官と懇談(写真)。私から志位委員長の談話を説明し、グ参事官からは「化学兵器の使用禁止や撤廃にむけた努力に関与していく」とのべた韓国政府報道官の声明の紹介があり、国際社会が団結して当たるべきだと強調されました。

 また、韓国は米国がやっているから何でもということではない。ボールはアメリカ側にあり、説明責任があるとも述べられました。

 懇談では、集団的自衛権の問題や「敵基地攻撃論」、草の根からの友好関係の増進など幅広い問題で意見交換をすることができました。終了後、大使館の一室の歴史資料館や韓国風の意匠をとりいれた大使公邸の建物や庭園を案内していただきました。感謝です。

 今日は田村智子議員は南アフリカ大使館を訪問。明日以降も議員団が手分けして訪問を続けます。

メキシコ大使.jpg

 メキシコ大使館、ロシア大使館を訪問し、志位委員長が発表した談話「シリアへの違法な軍事攻撃の企てに強く反対する」を届け、懇談しました。

 

 日本共産党はこの談話をすべての在日大使館に届けました。そのうえで、国連常任理事国やG20などの大使館には国会議員らが直接出向いて英文版を届けて懇談することにし、今日はその第一弾として私が両大使館を訪問しました。

 

 まず、メキシコのクロド・ヘレル駐日大使と懇談(写真)しました。私から談話の中心点を説明。大使は、シリアのこれまでの事態と、それを国連常任理事会が解決できていないことに懸念を表明。化学兵器の使用については、国連の調査で明快になった時点で制裁されなければならないとしつつ、イラクと同様に、シリアへの軍事力の使用は平和に結びつかないし、非常に重大な事態をもたらすと述べられました。

 

  お届けした志位談話については本国に伝達するとのべられ、最後に、あらゆる政治勢力が英知を結集して、対話による解決を目指すことが重要だと強調されました。

 

 続いてロシアのオヴェチコ・ゲンナーデ公使参事官と懇談。志位談話について、ロシアとして歓迎したい、内容は100%承知していると述べられ、プーチン大統領の「国連安保理を迂回して一方的な軍事攻撃は、限定的なものであったとしても、国際法の直接の違反である。シリア紛争の外交的解決に反するだけでなく、新たなエスカレーションと犠牲をまねく。」との談話を紹介されました。

 

 さらに、サンクトペテルブルク開かれるG20でもプーチン大統領アメリカによる行為は絶対に許せない行為だと強く主張するだろうと述べられました。

 

  15時から議員団の学習会。佐々木憲昭議員が豊富な資料に基づき、安倍政権の経済対策について報告し、議論しました。17時からは国会議員団事務局の党支部の皆さんの退職者を送る集いを兼ねた党創立記念集会。

 

 吉川春子元参院議員や秘書OBの皆さんなど懐かしい方々ともお会いでき、参院選の躍進を喜びながら、一層の躍進を誓う集いになりました。

IMG_0237.JPG 京都を朝出て東京へ。午後から、滋賀県高島市の自衛隊饗庭野演習場で、オスプレイを使った日米合同演習を行うと報道された問題について、滋賀、京都の地方議員や近畿ブロックの皆さんと共に防衛省に反対の申し入れ。

 こくた衆院議員、倉林参院議員がご一緒でした。防衛省は、「沖縄以外の地へのオスプレイの訓練移転を検討している。具体的に決まってはいないが、あらゆる可能性を検討している。移転した場合は安全、生活への配慮が前提だと日米で確認している」との回答。

 参加者からは「報道で突然知り...、自治体は驚き、住民は怒っている」「沖縄でもオスプレイの運用の合意は守られていないが、防衛省は違反の事実も認めていないではないか」と声が次々と上がりました。
 沖縄県民の総意は、「オスプレイの配備の撤回」「普天間基地の閉鎖、撤去。県内移設断念」です。オスプレイの訓練を全国に広げることは許されませんし、それを口実に沖縄に新基地建設の協力を求めるなど言語道断です。

 夕方に銀座で今日から開かれているフルイミエコさんの個展「ひかりのありか」を鑑賞。京都在住のフルイさん。6年前の参院京都選挙区候補の成宮さんは美大の後輩。選挙事務所の看板に絵を書いていただき大評判でした。「臨床美術士」でもあり、やさしい色合と柔らかなタッチ、心が温かくなる作品が並びます。http://blog.canpan.info/atelier_nae/category_5/1
 
 
 
 中央区八重洲2-8-10 松岡八重洲ビル3F T-BOXにて31日まで。ぜひ、足をお運びください。銀座で開かれているフルイミエコさんの個展を鑑賞。
 明日の静岡県長泉町議選第一声参加のために、三島市内のホテルに前泊です。

IMG_0224.JPG 京都を朝出て、舞鶴市で行われた浮島丸殉難68周年追悼集会に西山とき子元参院議員や党舞鶴市議団の皆さんとともに参加。改めて日本の植民地支配や侵略戦争がもたらしたものを見つめなおしました。決して風化させることも、歴史を捻じ曲げることもあってはなりません。

 終戦直後に釜山に向かう浮島丸が、数千人の朝鮮人をのせたまま舞鶴湾で爆発し、多くの死者を出したこの事件。植民地支配のもとで、過酷の労働に従事させられていた多くの朝鮮人とのその家族が、希望をもって帰国する途中に起きました。

 植民地支配と...結びつき、政府の確認でも500人以上が亡くなった重大事件あるにもかかわらず、ほとんど知らされてきませんでした。ご存じない方は、ぜひこの機会に知っていただきたい。http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-ukisima.htm

 さまざまな疑問点が指摘されており、いまだに260柱の遺骨は東京のお寺に残されたままです。

 舞鶴では、追悼慰霊祭が市民の手で行われ、1978年に市民の運動で「追悼の碑」を建立。以降、沈没した事故現場の海を見渡せるこの碑前で追悼集会が開かれています。

 朝鮮総連、韓国民団の代表の式辞、京都府知事(代理)、舞鶴市長の献花、厚生労働大臣のメッセージ朗読、献茶、慰霊の舞などが行われ、私も来賓として献花をさせていただきました。

 厚労大臣のメッセージは西山元参院議員が、当時の菅大臣にこの問題で質問したことを契機に届けられるようになったもの。この九年間は、私が、実行委員会からのメッセージ以来を厚労省につなぐ役を担ってきましたが、毎年、日程があわず、やっと初めて参加することができました。

 朝鮮中高級学校の女子生徒たちが歌う追悼歌「はまなすの花さきそめて」の哀愁をおびたメロディーが胸にしみました。最後に参加者全員で海に献花し、手を合わせました。終了後、民団の参加者のみなさんと記念撮影も。

  大きな犠牲者を生んだ日本の植民地支配と侵略戦争。その歴史を改めてかみしめ、「侵略の定義は様々」などとのべ、反省の言葉すら述べない政権への憤りを新たにしました。

 滋賀県饗庭野の陸自演習場を使ってオスプレイを使用した日米の訓練を行うことで日米政府が調整している重大計画が明らかになりました。今朝の京都新聞の一面で大きく報道しています。

 富山市内のホテルを出て京都に戻ろうと富山駅に到着すると、朝からの豪雨で徐行運転や運休となっており、構内はごった返していました。運転再開のめどがつかない中、途方に暮れているところに国会議員団IMG_0194.JPG近畿ブロックの林氏から京都新聞の報道について電話。

 国会事務所とも連絡を取り、滋賀、京都の地方議員も東京に来て、政府からレクを受け取るとともに抗議と撤回の申し入れをすることで調整。政府は沖縄の負担軽減を理由にしていますが、事故続きの欠陥機はアメリカに持って帰ってもらう以外ありません。ましてや戦争する国になる訓練など許されません。

国会で二つのインタビューを受けた後、国対の会議。空路石川県入りし、夜は羽咋市議選勝利の演説会で北川まち子候補とともに訴えました。

 午前中のインタビューは安保破棄実行委員会の機関紙用。東森英男事務局長、大河原貞人次長揃ってこられ、選挙後の安倍内閣の暴走ぶりや防衛大綱の改定、今後の闘いの豊富などについてお話しました。

 午後には韓国の民間テレビMBCの取材。昨日、「明日12時に羽田に着くので、午後から『日本の右傾化』についてインタビューしたい」と、電話があったもの。日曜日放送の人気番組の時事問題のコーナーで放映したとのことで、Rhee,Ho-Chan氏からインタビューを受けました。

 最初に「なぜ、私に申し込まれたのですか?」と聞くと、春の予算委員会で、橋本氏の慰安婦発言に対する安倍総理の認識をただした私の予算委員会質問の映像が韓国で何度も放映されたのを見たからとのこと。韓国で流されていたなど知らなかったのでまずびっくり。

 さらに「各党にインタビューされるのですか」と聞くと、「井上議員と自民党の平沢議員だけです」と返事があり。もう一度びっくり。韓国から見ても日本の政界は自共対決が鮮明になっているようです。

 インタビューでは、8.15式典での安倍総理の式辞で戦争への反省や不戦の誓いが欠落したことをどう見るか、なぜ日本の右傾化が進んでいるのかなどについて問われました。

 私は、憲法九条の改悪や集団的自衛権行使の解釈改憲の動きを強めている安倍内閣は極めて危険であり、その土台には侵略戦争への反省という戦後国際政治の出発点を否定する歴史認識があることを指摘。

 同時に、こうした歴史逆行は国際的にも批判が広がっており、国際社会で認められるものではないこと、国会では自民党が多数を占めたが、国民はこうした右寄り路線を支持したわけではなく、世論調査でも憲法九条守れは過半数であることなどお話しました。

 日本のマスコミも韓国の一部の過激な動きばかりを大きく報道する傾向があります。韓国内でも日本の国民世論や政治状況が正確に伝えてほしいとお願いしましたMBS取材.JPG

 インタビュー終了後、国会対策委員会。予定より長引いたため、福島第一原発汚染水漏れに関する議員団としてのレクは残念ながら参加できず、羽田へ。小松空港から車で約1時間半で羽咋市の演説会場へ。夕食は車内で弁当。

 8月25日告示の羽咋市議選では、5期20年の白田議員が健康上の理由で引退し、北川まち子さんがその後を継ぐために立候補されます。

民医連の看護師として39年。「命は平等」を原点に゜介護ホームやグループホームの所長を務めてこられました。自公政権が社会保障の全面的削減を進めている時だけに、ぜひ市議会で活躍していただきたい人。参院選の躍進や日本共産党の議席の値打ちを合わせて訴えました。

 終了後、金沢市にもどり駅前のホテルに泊まり。明日は新潟です。

 

 

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