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知県小牧市議選の告示日。小牧駅前のホテルを朝出て、稲垣みさよ、山田みよ子、安江みよ子の三候補の第一声で訴えました。市議選の事前ビラにあったのが「NSG」という言葉。何かわかりますか?。「Nなんでも、S賛成、G議員」だそうです。
日本共産党議員団が市の公共事業の複数の設計契約で、市の予定価格と業者の見積もりが100%一致していることを発見。第三者委員会が設置され、情報漏洩ありと認定。
ところが市長は、第三者委員会が結論を出す前に事業予算を提案さし、日本共産党以外の議員が賛成して可決してしまいました。
これでは、行政のチェックとしての議員の役割を果たしているるとはいえません。 日本共産党は、なんでも賛成ではなく、しっかり行政のチェック機能を果たし無駄遣いや不正をただすことができるからこそ、住民の願い実現にとんとんがんばり、実績を上げてきました。何としても、三議席が必要です。
午後には京都に帰り、「西賀茂・大宮憲法九条の会」の「映画『ひろしま』上映&井上参院議員と語るつどい」に参加。この映画が市民8万8千人ものエキストラで制作された経緯。「反米的」として大手が配給を拒否し、幻の映画とされていたにもかかわらず、今よみがえり上映運動が広がっていることなどお話し。
映画の舞台の一つが卒業した国泰寺高校の前身、広島一中であり、この映画を高校時代に見た時の衝撃を受けたこと、描かれている事実などについてお話しました。
この映画について、「赤旗」に短文を書いたりしたことはありましたが、まとまってお話しする機会を得たの初めてのこと。話しているとこみ上げるものがありました。
終了後、入党のお誘いで地域の支部の方と一緒に、熱心に応援していただいているご夫婦を訪問。初めてのお誘いで、入党には至りませんでしたが、日本共産党へを信頼していただいていることをお話ししてくださったことがうれしかった。
今日は、安保法制強行から4年目。「武器見本市はいらない!10/10院内集会」の案内に来られた「安保法制に反対するママの会@ちば」の皆さんと懇談しました。
この間、幕張メッセで、防衛省の後援も受けて連続して開催されたきた武器見本市に抗議行動を取り組んできた皆さん。11月にも計画されています。兵器で儲かる国にしてはなりません。
午後は国連大学で開かれた、カザフスタン共和国大使館等が主催した「日本・カザフスタン国際会議 核無き世界への道」に参加しました。
カザフスタンには旧ソ連時代、セミパラチンスク核実験場があり、456回もの核実験が行われ人々と環境に大きな被害をもたらしました。独立した際に、核実験場を閉鎖し、核兵器も廃棄。以来、「中央アジア非核兵器地帯」の創設を推進するなど、核無き世界実現で大きな役割を果たしてきました。
同実験場の廃止を記念して国連は、8/29を「国連核実験反対に反対する国際デー」としています。今年のこの日、カザフスタンは核兵器禁止条約を批准。批准国は26となり、発効に必要な50か国の半数を超えを超えました。
会議では、カザフスタンのバウダルベック・イエルラン大使のあいさつの後、明石康元国連事務次長、アメルハン・ラキムジャノフ・カザフスタン初代大統領と図書館長がスピーチ。
カメルハン氏は核兵器によって大きな被害をうけたカザフスタンと日本の両国の核無き世界に向けた貢献や役割を強調されました。しかし、同じ被害を受けた国なのに、核兵器禁止条約に反対した日本とは大きな違いです。改めて、唯一の戦争被爆国にふさわしい、禁止条約にサインする政府の実現への思いを強くしました。
会場では、バウダルベック大使や、アメルハン図書館長とあいさつし「私は被爆二世。貴国の禁止条約批准を歓迎します」と言葉を交わしました。
ロビーでは、両腕がなく生まれた被爆二世で、口を使って描く世界的画家であるカリプベク・クユコフ・ATOMプロジェクト大使の作品展も開かれ、カリプベさんと挨拶を交わしました。
8/25に当選し、昨日、初登庁したばかりの大野元裕埼玉県知事が国会に挨拶回りに来られ、塩川衆院議員、伊藤参院議員と共に応対しました。
昨日の県議会の各会派への挨拶回りでは、なんと自民党は誰も対応しなかったとのこと。選挙での県民の審判を無視するような態度です。幅広く県民に依拠し、様々な大野さんの掲げた「開かれた民主主義と立憲主義に基づく」県政の実現できるよう、しっかり握手を交わしました。
午前中は、フィリピンのドゥテルテのもとで頻発している超法規的殺害の問題で、市民団体の方から実態や国際社会としての監視の必要節についてお聞きし、日本政府に問題解決に役割を果たさせるよう要請を受けました。
午後からは議員団の関連の会議が四つ。最後は、九州北部大雨被害対策本部の会議。田村貴昭事務局長から現地調査に入った報告を聞き、当面の対応を確認しました。
京都では、毎年八月のこの時期に行われる「地蔵盆」。町内会ごとに、お地蔵さんにお供えをし、子どもを主役にゲームやおやつを楽しみます。
わが町内はお地蔵さんではなく、「天道大日如来」さん。朝8時から祠にお供えをし、テントを張るなど準備。10時から子どもたちと一緒にビンゴゲームを楽しみました。町内の子どもが増えて、とてもにぎやかです。うれしいなあ。
午後には四月に京都市議を勇退された山中渡・前市議団長をねぎらう集いに穀田、倉林両議員と共に参加。元国鉄労働者だった山中さん、8期32年間、本当にお疲れ様でした!
夜には、名古屋の金山駅連絡通路で開かれている愛友会主催の「原爆パネル展」へ。広島基町高校の生徒が被爆者から体験を聞き取って書いた「原爆の絵」が中心。2日間で約8千人の方々が見られたとのこと。
一枚一枚の絵に、体験を語った被爆者と絵を描いた高校生のコメントが書かれています。高校生が被爆体験に衝撃を受けながら、それを何とか伝えたいと描いた思いが書かれています。それを読みながら、時間をかけてみておられる方々が目立ちました。
愛友会の大村さん、横江さんとパチリ。偶然、本村衆院議員も来られたので、大村さんと被爆二世トリオでパチリ。撮影は山本・豊山町議でした。
議員会館で開かれた「韓国敵視をあおるな! 止めよう イラン自衛隊派遣 8・22宗教者緊急行動」に参加しました。「平和を作り出す宗教者ネット」の皆さんが毎月一回の国会行動を重ね、今日が188回目。頭が下がります。
心からの連帯の挨拶を送りました。
東京を朝出て長野県佐久市へ。日本共産党佐久市議団呼びかけの「日本共産党長野県米軍機低空飛行訓練調査団」に武田参院議員と共に参加しました。
5月末に同市の市街地上空を米軍のC-130戦闘機が超低空訓練を行い、住民から「墜落するかと思った」「すごい騒音だった」など、多くの不安の声が寄せられました。日米合意にも航空法にも違反する超低高度だったことを示す画像がたくさんネット上でも拡散されています。
ところが米軍は「合意を守っている」と答えるのみで、市・県や防衛省も「画像を解析して米軍に合意違反を厳しくただすべき」という住民の声にいまだ、対応していません。
そこで、各地の米軍低空飛行訓練の解析を行われている「低空飛行解析センター」の方に倉敷市から来ていただき、佐久市での訓練についても解析を行うことにしたものです。
午前中は、佐久市議団、藤岡前県議らとと共に、画像が撮影された市内2カ所で測量に立ち会い。一級の機材をつかい測量会社の会長さんが実際の測量に当たられました。イージスアショアで大問題になった防衛省のずさんな調査とは比較にならない精緻な調査でした。
地元、テレビ・新聞の取材もあり、終了後の午後に記者会見も行いました。
解析センターの岡田氏は、画像が撮られた2ヵ所で測量したことで、より精度の高い調査ができたとし、解析には10日程度かかるが、航空法違反の実態が明らかにできるのではないかと見通しを述べられました。
結果が明らかになれば、国や自治体への働きかけをいっそう強め、さらに市民の皆さんとともに「低空飛行訓練やめよ」の声を広げたいと思います。
今朝のしんぶん「赤旗」の「番組を見て」欄に、10日に放映されたETV特集「忘れられた"ひろしま"~8万8千人が演じた"あの日"~」について書きました。
* * *
原爆投下から8年後に、多くの被爆者ら8万8千人が参加して原爆投下直後の広島を描いた映画「ひろしま」。ベルリン映画祭で入賞するなど国際的な評価を受けながら、大手映画会社が反米的だと上映を拒否し、ほとんど知られてこなかったこの映画に、半世紀をへて光が当たり、世界で上映が広がっていることを紹介しています。
映画の舞台の一つが広島一中。私が卒業した広島国泰寺高校の前身です。この映画を学校の上映会で見た時の憤りが私の原点です。
8月6日の朝、建物疎開で勤労動員中だった当時の一年生はほぼ全滅しました。映画の中で、被爆した一中生が、校舎のがれきに埋もれる姿や校歌「鯉城の夕べ」を歌って励ましあう姿が描かれます。自分達が応援歌として誇りにしている歌が、こんな歌われ方をしたのかと、衝撃を受けことを覚えています。
被爆した衣類やがれきを持ち寄って直後の広島の惨状がリアルに描かれ、被爆後8年たって、原爆症や貧困と差別に苦しむ生徒の姿も描かれます。核兵器の非人道性を改めて思い知らされます。番組には、映画監督のオリバーストーン氏も登場し、「世界の人に見てほしい映画」と語っています。世界でも日本でも、見てほしい。
終戦記念日の今日は、京都市上京区の「出町座」で上映されている映画「ひろしま」を見ました。原爆投下から8年後に被爆者を含む市民8万8千人もの参加で作られた、日本映画史上、最大級のスケールの映画です。
その舞台の一つが、私が卒業した広島国泰寺高校の前身、広島一中。建物疎開のために登校していた一年生がほぼ全滅した様子など描いています。高校生の時にこの映画を見たのが私の原点。その時を含め、今日が三回目です。
ベルリン映画祭で入賞するなど国際的評価を受けながら「反米的」として当時、配給会社が拒否し、この映画の存在はほとんど知られていません。その経緯は先日、ETV特集「忘れられた"ひろしま"~8万8千人が演じた"あの日"~」で放映されました。
ぜひ、映画そのものを見てほしい。 この間、新たな注目を集め、デジタルリマスター版(英語字幕版)の上映が世界でも日本でも広がっています。
京都の出町座は8/23まで、毎日9:30~11:20の上映。
テレビでも、16日の深夜24時からNHKのEテレで放映されます。予告編は下記
https://www.youtube.com/watch?v=8raW5TsYDPg
台風は今日昼間に広島に上陸。今夜から明日にかけて京都に最接近します。被害が心配です。くれぐれもご注意ください。
5:45にホテルを出て、平和公園の原爆慰霊碑に日本共産党中央委員会として献花。いったんホテルに戻り、8:00から原爆犠牲者追悼平和祈念式典に参列しました。
例年の酷暑のなかでの式典と違い、台風の影響で少し雨が降り、風も吹く式典となりました。8:15に黙とう。平和の鐘の音とセミの鳴き声が式典を包み込みました。
市長の「平和宣言」としてはじめて、市民の声に応えるよう求める形で、核兵器禁止条約の批准を政府に求めたことは、この間の世論と市議会論戦の反映でした。
総理のあいさつは相変わらず、条約には一切触れない空疎なもの。
「平和の誓い」を行った二人の小学生は、豪雨被害の地域の小学校の生徒。「みんなの『大切』を守りたい。『ありがとう』や『ごめんね』の言葉で認め合い許しあうこと、寄り添い、助け合うこと、相手を知り、違いを理解しようと努力すること。自分の周りを平和にすることは私たち子どもにもできることです」と述べ、感動的でした。
総理はこの言葉をどう受け止めたのでしょうか。
閉会後、国泰寺高校に立ち寄ってもらい、原爆慰霊碑に、議員団の皆さんにも手を合わせてもらいました。ありがとう。
続いて県被団協(坪井理事長)主催の「原爆死没者追悼慰霊式典」に参列。そのあと、平和公園に戻り、「原爆の子の像」と「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」を訪れ、13時から原水爆禁止世界大会広島デー集会に参加。
集会のフィナーレでは檀上に上がり、海外、国内の代表の皆さんらとともに「We Shall Over Come♪」を歌いました。
国会最終日の昨日は、午前中に会期末処理の委員会、本会議が開かれました。夕方に広島入りし、夕食は岩渕、伊藤議員と共に鉄板焼きとお好み焼きを堪能しました。