東京を朝出て、愛知県江南市で開かれた国政報告会に参加し、市議団、すやま初美参院候補とともに訴え。
午後からは、金山駅で開かれている「原爆と人間」パネル展を須山さんとともに訪問。広島私立基町高校生が被爆者から話を聞いて書いた原爆の絵を中心に展示されています。
わが母校、広島国泰寺高校(広島一中)が被爆し、がれきの中で先輩たちが校歌「鯉城の夕べ」を歌って励まし合いながらもなくなってい行った様子も描かれています。
続いて、愛知県司法書士会館で開かれた「IRってカジノなの?市民学習会」に参加し、挨拶しました。「愛知カジノを考える会」の主催で、鳥畑与一静大・教授が講演されました。
愛知県は21日に中部国際空港周辺で進める国際観光都市計画の事業者向け説明会を開催。カジノ誘致の動きが強まっています。
私はあいさつで、「法律は強行されたが、実際作るには県が議会の議決をへて申請することが必要。これからの地域でのたたかいが重要」とのべ、カジノを許さないために力を合わせようと呼びかけました。
その後、京都に帰り、京建労の拡大出陣式に参加し挨拶。府内各支部から幹部が集まり、拡大運動の成功に向けて、各支部や主婦の会、青年部など次々と決意表明。勢いがありますね。
夜は綾部市と名張市の市議選開票でした。綾部は四人全員当選おめでとうございます! 名張市は2i人の現職がいずれも投票を伸ばしながらも16票差で三原じゅん子さんの当選にとどまりました。
酷暑の中の選挙、本当にお疲れ様でした
広島に帰省中。今日、終戦記念日の中国新聞テレビ欄。広島カープの試合を中継するRCC中国放送は毎年、縦読みの工夫をしいます。今年は、「野球ができる平和に感謝!」
「京都民報」の7/12、18合併号に、ジャーナリストの布施祐仁さんとの「平和対談」が掲載されています。自衛隊「日報」問題など国会質疑で連携してきたことや、朝鮮半島での非核化と平和の流れと日本の外交について語り合いました。
長崎市の原爆被害者追悼平和祈念式典に参列しました。国会から市田副委員長、紙、仁比、田村、本村各議員が参列し、岡山大の小松教授もご一緒です。各界からの献花があり、日本共産党から市田さんが献花。原爆が投下された11時2分に黙とうをささげました。
長崎の式典に初めて国連事務総長が参列されました。グテレス総長の挨拶、田上市長の平和宣言、被爆者代表の田中被団協代表委員の「平和への誓い」、いずれも素晴らしいものでした。田上、田中両氏は総理を目の前にして核兵器禁止条約に反対する政府に対し、条約への賛同を強く求めました。
総理の挨拶は広島と同じで、禁止条約にも朝鮮半島での非核化の流れにも全く触れない異様なもの。会場の反応は明確でした。田上、田中、グテレス各氏へは長い拍手がありました。とくに田中さんには長い拍手が続きました。これに対して総理への拍手はごく短い、儀礼的なものでした。
終了後、中心公園にいき爆心地の慰霊碑に手を合わせ、原爆資料館にも立ち寄りました。平和宣言でも、長崎の運動を牽引してきた2人の被爆者、土山、谷口両氏が昨年亡くなったことが触れられました。被爆者の高齢化の中、禁止条約の早期発効が強く求められています。
さまざなま思いを胸に、空路で伊丹を経由し京都へ。
京都一巡夏キャラバンで京都市北区、上京区で倉林明子参院議員と共に街頭演説に立ちました。北区では井坂ひろふみ市議の司会で行い、浜田よしゆき府議もご一緒でした。暑い中、聞いていただいた皆さん感謝です。
私は、広島での平和祈念式典、原水爆禁止世界大会が、核兵器禁止条約採択、朝鮮半島の非核化プロセスの開始という激動の中で開かれ、この流れを前に進めようという挨拶が相次いだにもかかわらず、安倍総理の挨拶だけが一切触れない異様なものだったことを紹介。
三月の予算委でも総理に突きつけた「あなたは一体どこの国の総理か」という言葉が、世界大会でも参加者全体のものだったと強調し、「さすがに被爆国政府だ」とみんなが思えるような政権に変えようと呼びかけました。
終了後、神戸空港に向かい、空路長崎へ。到着した時に、翁長沖縄県知事の「意識混濁」というニュースが入り心配していましたが、夜には死去の報が。残念です。無念です。翁長さんも、どんなにか無念なことか。
亡くなる瞬間まで、辺野古の新基地を許さないために文字通り命がけのたたかいをされてきた翁長さん。必ずやその遺志を継ぐ知事をオール沖縄の力で誕生させなくてはなりません。合掌。
73年目の8月6日。核兵器廃絶の誓いを込めて朝6時に平和公園の原爆慰霊碑に日本共産党中央委員会の献花。国会から小池書記局長、笠井、藤野、仁比、倉林各議員と私、広島から大平前衆院議員、高見選挙区候補、県・市議の皆さんらとご一緒でした。
いったんホテルに戻る途中で、母校・広島国泰寺高校の原爆慰霊碑にも参拝してもらいました。ありがとうございます。合掌。
朝食の後、「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」に参列。 原爆が投下された8時15分に黙とう。今年も、セミの声と平和を願う鐘の音が広島平和公園に 響き渡りました。
式典では、広島市長、県知事が核抑止力論を批判し、両氏に加え市議会議長、国連事務総長もそれぞれの挨拶で核兵器禁止条約に触れました。ところが、安倍総理の挨拶は昨年に続いて一言も触れない異様なものでした。
続いて県被団協(坪井理事長)主催の被爆者慰霊式に参列。その後、原水爆禁止世界大会に出席しました。昨年は歴史的な核兵器禁止条約の採択が大会を盛り上げました。今年はさらに、南北・米朝の首脳会談により朝鮮半島の非核化と平和のプロセスが始まったことが参加者を励ましました。
もう一つの今年の大きな変化は、「総がかり行動実行委員会」の福山真却共同代表が初めて参加され、「日本平和運動・民主主義運動は分裂の時代から共同の時代へと確実に新しいステージの上に立っている」と連帯の挨拶をされたこと。
世界も日本の運動も前に進んでいるのに「核の傘」にしがみつく安倍総理。私は三月予算委で、「あなたはどこの国の総理か」と迫りました。世界大会の挨拶で小池書記局長が、今日の総理の挨拶に触れ、同じ言葉を述べると会場から大きな拍手。みんなの共通の思いです。
「さすが被爆国の政府」といえるような政治に変えねば――誓いを新たにしました。最後は檀上に上がりフィナーレ。みんなで「We Shall Overcome」を歌いました。
会場で、中学校の後輩の横江英樹愛知原水協事務局長とパチリ。
京都を朝出て広島へ。仁比参院議員、藤野衆院議員、大平前衆院議員、高見参院広島選挙区予定候補、辻県議、中本市議と共に、原爆病院、原爆養護ホーム神田山やすらぎ園を訪問して懇談。やすらぎ園では、入所者の皆さんにご挨拶し、花束を贈りました。
続いて、小池書記局長も参加して県被団協の皆さんと懇談。核兵器禁止条約批准を国民多数の声とし野党の共通政策に盛り込んでいく問題、原爆症認定の改善や黒い雨地域の拡大の問題等で意見交換しました。
夜は東京の学生の皆さんとの「集い」。それぞれが、原水禁大会参加の感想を述べた後、私から原爆と自らの原点や入党の所信、国会議員としての活動などお話ししました。個別の懇談は21時半ごろまで。学生の皆さんとまとまった時間、対話したのは久しぶり。様々な事実に触れ、どんどん吸収している姿がとてもまぶしかった。
終了後の遅めの夕食はもちろん、お好み焼き。
今日は、大阪、京都、名古屋を駆け巡る「三都物語」の日でした。まずは大阪市で開かれた広島一中、国泰寺高校の関西同窓会の昼食会。日弁連副会長も務められた、福原哲晃関西同窓会長の旭日中綬章受章祝賀の後、大津顧問のトークと歓談。
母校の様子や、同窓生の近況などの報告もあり楽しいひと時でした。12日には広島で還暦記念の同期会が開かれ150人位集まる予定。楽しみです。
京都に戻り、立命館大学国際平和ミュージアムで開催中の「第38回平和のため京都の戦争展」へ。今年のメインテーマは「障害者と戦争 ――戦争は戦力にならざる者の排除」。くしくも自民党女性議員の「生産性」発言で、国家に役立たないものは排除する思想が問題になり、タイムリーな企画となりました。
夜は名古屋市西区の「平和夏まつり 盆踊り大会」。西区の民主団体の共同で三十年以上も続く行事。子どもづれの家族から、労働運動OBの方々まで、老若男女が集い、踊りの曲も名古屋音頭からダンシングヒーローまでありました。
須山参院予定候補、鷲野県議、青木市議とともに模擬店を回り、参加者の皆さんと交流。やぐらの上からもご挨拶し、抽選会の番号を引く役も。最後に平和への願いを込めて風船を飛ばしました。
京都を朝出て東京へ。午後から議員会館で打ち合わせや資料整理などあれこれ。先週の金曜日に京都府の京丹後米軍Xバンドレーダーに関する倉林議員と連名の質問主意書に対する答弁書が閣議決定されました。全文はこちら。https://www.inoue-satoshi.com/parliament/shuisho/
以下、7/28の赤旗の報道。
Xバンドレーダー停波の情報 防衛省が自治体に"口止め" 井上・倉林氏の主意書への答弁
防衛省は27日、京都府京丹後市のXバンドレーダー基地・米軍経ケ岬通信所に関し、レーダーの「停波に関する情報」の取り扱いについて、関係自治体に停波要請の実績以外の情報を開示しないよう求めたことを明らかにしました。日本共産党の井上哲士、倉林明子両参院議員の質問主意書に対する答弁。
同省は、2015年12月に近畿中部防衛局を通じて関係自治体に対し「指摘のような『通知』を行ったことは事実」と回答し、"口止め"を行ったことを認めました。
レーダーの電波が航空機の計器に影響を与える可能性があるため、京都府が防衛省、ドクターヘリ関係機関と合意した文書では、「米軍は停波要請があれば速やかにレーダーを停波する」としています。
同省が作成した消防本部が行う米軍への停波要請の手続きを定めたマニュアルの公表については「米国との信頼関係が損なわれるおそれがある」と拒否しました。
米軍が日本側の要請に対し必ず停波するのかとの質問には「米軍は適切に対応すると承知している」と回答。しかし、別途文書では井上氏に対し「米軍は、運用上やむを得ない場合を除き、要請を認める」との認識を示しています。
同通信所では、今年5月、ドクターヘリ運航のための停波に応じず、負傷者の搬送が遅れる事案が発生していました。