昨日の朝、京都を出て広島県三次市へ帰省。年始に帰省して以降、歩くのが少し難しくなっていた母ですが、ふつうに歩けるようになっていて一安心でした。今日は、朝に三次を出て広島市の平和公園へ。
まずは、平和の子の像にお参り。被爆後に白血病で亡くなった佐々木貞子さんをしのび、平和願いをこめて友人たちが建立したのは1958年5月5日で、私の誕生日です。
続いて国立広島原爆死没者追悼平和祈念館で開催中の企画展「星は見ている 全滅した広島一中一年生・父母の手記集」に行きました。同校は母校国泰寺高校の前身。建物疎開へ従事中の先輩達は原爆に命を奪われました。遺族による追悼集からの展示と映像に溢れる悲しみと無念と憤りに接し誓いを新たにしました。
福井駅前のホテルを朝出て、金沢へ。石川県の党会議で挨拶しました。その後、京都に戻り、京都被爆二世・三世の会総会で、名大大学院法学研究科の高橋博子研究員の講演「アメリカ公文書から迫る原発と核兵器推進体制の闇:ABCCと核開発」を聞きました。
被爆者の情報が次なる戦争の準備に使われたこと、被曝の影響を重視した研究を抑え込む体制で国際原子力ムラが強化されたことを強調。重要な内容でした。
終了後、東京へ。
12:30から参院外交防衛委員会の理事懇談会。冒頭、豊田硬防衛事務次官が、一昨日夜の小西参院議員に対する幹部自衛官による暴言に対し、謝罪と厳正な対処の発言がありました。実力組織である自衛官による国会議員への暴言は文民統制にも反する重大なもの。厳しい対応を求めました。
終了後、ノーモア・被爆者訴訟全国原告団や日本被団協による「裁判の全面解決と認定制度の抜本的改善を求める院内集会」に参加し挨拶。今後は訴訟の場で争うことのないよう交わした08年の「確認書」を政府が守っていません。集会には与野党の議員が参加し、解決への努力を約束しました。待ったなしです。
16:30から野党書記局長・幹事長会談。衆参の国対委員長も同席しました。これだけ深刻な事態が連続しているにもかかわらず、加計問題での柳瀬元首相秘書官の証人喚問に応じないなど、野党国対委員長連盟による要求に全くのゼロ回答。
書記局長・幹事長会談としてこれを厳しく批判し、改めて与党に要求を示し、回答があるまでは新たな日程協議に応じないことを確認しました。
午前中の本会議はいわゆる「生産性革命」に関する法案の趣旨説明・質疑。日本共産党から岩渕友議員が質問に立ちました。
外交防衛委で質問。まずは、シリア空爆問題。化学兵器使用は許されません。一方、河野外相は、米英仏の空爆を「理解する」としながら、国際機関による「事実解明に期待している」とのべ、事実が未解明だと認めました。
空爆の国際法上の根拠については「評価は差し控えたい」として答弁できず。これでなぜ「理解」などできるのか。国際法と国連検証を踏みにじるものです。
続いてイラク日報問題。小野寺防衛相の「散発的発砲事案があった」との答弁に「戦闘」が8回記載され「戦闘が拡大」とも書かれているとして、非戦闘地域ではなかったと指摘。「サマーワは比較的安定と記述」との答弁に、「当時、全土で戦闘が継続。『比較的安定』と戦闘が無いことは別だ」と反論しました。
午後に、視覚障害者の皆さんが、点字図書や音声読み上げ図書などをより利用しやすくするための取り組みの現状や課題についてレクを受けました。
朝の国対の後、10時からの本会議は議了のみで10分で終了。12:10からは「隠蔽、改ざん、ねつ造、圧力 安倍政権退陣へ 野党合同院内集会」に参加しました。
野党六党の共同で開いたもの、日報隠ぺい、加計疑惑、厚労省問題、森友問題、教育介入について各党が分担して報告。それぞれ委員会で追及してきた議員の報告に、改めて安倍政権をこれ以上続けさせるわけにいかないと怒りと決意がわきます。
森友問題は辰巳コータロー議員が報告し、ヤンヤの喝さいでした。最後にガンバロー三唱。
13時から参院開会協議会の選挙制度専門委員会。この間の議論を受け各会派が意見表明。改めて一票の平等を実現しつつ、多様な民意を正確に議席に反映させることが必要だとして、ブロック制の比例代表をたたき台にすべきと発言しました。
その後、来週の論戦打ち合わせをし、夕方の新幹線で京都へ。
今朝の「朝日」は昨日の外防委での私の質問と、自衛隊の河野幕僚長の会見を大きく報道。南スーダンPKOの日報が陸自に存在したことを昨年3/16に「報告を受けていない」としていた河野統幕長に実は1/27に報告をしていたことを質問で明らかにしました。
質問後の会見で河野しが報告を受けながら公表しないことを了承していたことを認めました。隠ぺいに次ぐ隠ぺい。底なしです。
午前中の外防委員会で質問。南スーダンPKOの日報が、無いとしていた陸自にあったことについて、防衛省の辰巳官房審議官は昨年1/27に事務次官と統幕長に報告したと答弁。
ところが統幕長は昨年3/16の会見で「報告は来ていません」と明言し、特別防衛監察結果にも統幕長への報告の記載はありません。
隠ぺいへの統幕長の関与の隠ぺいか。
昨年の特別監察の際、それを理由に国会答弁を拒否し、同時期に新たにイラク日報の隠ぺいが行われるなど、特別監察が隠れ蓑の役割をはたし、真相解明に至っていないことはいよいよ明らか。
国会としての南スーダン、イラク日報隠ぺい問題の真相解明が必要だ迫りました。
午後には長野県民医連から、社会保障学校に参加している看護師や職員の皆さん11人が来訪。職員の皆さんの一声アンケ―ト集をいただき、一人ひとりから医療・介護の現場の実情と要望をお聞きしました。しっかり受け止め、がんばります!
その後、安倍憲法改悪ノーの3000万署名の提出のために国会に訪れた愛知県の参院選予定候補の須山初美さんらから、本村衆院議員、武田参院議員とともに署名を受け取りました。
夜は、日弁連の今年度の会長、副会長、事務総長披露宴に出席。菊池裕太郎会長が挨拶され、15人の副会長、菰田優事務総長らが披露されました。最高裁長官、法務大臣、検事総長からの挨拶に続き、出席国会議員も壇上に上がり紹介されました。
阪本康文副会長(和歌山弁護士会)は大学で同じクラスでした。久しぶりの再会にミニ同窓会でした。
昨日のイラク日報問題での質問は今朝の「赤旗」や「京都」「読売」「毎日」「東京」などで報道されました。明日の外交防衛委員会でも引き続き追及します。
10時から開かれた本会議は採決三本のみで10分余りで散会。すぐに倫理選挙特別委員会が開かれ、昨年の総選挙の執行状況や取締り状況について報告を受けた後、福島県議選にかかる特例法の審議が行われました。
福島原発事故による避難指示区域等において、多数の住民が住民票を残したまま長期間避難することを余儀なくされ、国政調査人口と選挙人名簿の基礎となる住民基本台帳人口が大きく乖離した地域があります。
特に双葉郡では国調人口が九割減となっており、このままでは選挙区な定数を維持することができません。その対処のための特例法を求める福島県議会からの要請を受けての議員立法です。日本共産党は衆院で、選挙制度とし手の一貫性を貫く修正案を提出しましたが、残念ながら否決。原案に賛成しました。今日の質問でも、党の修正案の考え方を示して法案提出者を質しました。
終了後、衆院予算委員会の集中審議をテレビで見ながら、明日の外交防衛委員会の質問準備をし、17:30に通告。
予算では加計問題で、「総理案件」とする文書が報道され、愛媛県知事も職員の備忘録だとして認めているのに、総理はまともに答えようとしません。河村予算委員長の運営もひどい。さらに国民の怒りは広がることでしょう。
外交防衛委員会で質問。防衛省の新たな隠ぺいが発覚しました。陸上自衛隊の研究本部が、イラク日報を昨年3/27に発見していながら、3日後の3/30に、情報開示請求に関する探索に対して、イラク日報は「存在しない」と回答していたのです。
私の質問に高橋官房長官が認めました。報道では研究本部の教育課の課長は「南スーダンの日報についての特別監察だったため、イラクの日報が見つかったことを報告する必要は認識していなかった」とのべています。しかし、イラク日報について探索をうけ不存在をしたことで、この言い訳は崩れました。
組織的隠ぺいは明らか。稲田大臣や当時の陸幕長などの証人喚問を要求しました。質問は時事通信などで配信されました。
委員会終了後、明日の倫理選挙特別委員会の質問通告。その後、核軍縮議員ネットワーク(PNND)日本の総会。会長の河野太郎議員は外相となったため退任し、会長は当面空席とすることになりました。
総会に続いて朝長万佐夫・長崎原爆病院名誉院長の「賢人会議」についての講演と質疑応答。朝長先生は長崎の被爆者ですが、高校時代は広島ですごされ、わが国泰寺高校の先輩です。
昨日は総理・テレビ入りの決算委員会総括質疑で、仁比議員の質問を応援。午前中はイラク日報問題での防衛省レク。夕方の団会議後に通告しました。
昨日から野党六党が求めていた与野党国対委員長会談が今朝の8:15から開かれました。イラク日報が一年間も隠蔽されていたとの防衛相の会見を受けて求めたもの。
与党から一定の回答が示されたとの会談の報告を国対会議で聞き、10時から本会議。採決のみで15分で終了。その後、論戦打ち合わせ、倫理選挙特別委員会理事懇と続きました。
13:30に日本被団協の田中代表委員らが来訪され、「一連の高裁判決を踏まえた原爆症認定基準に関する当面の要求」を受け取り、懇談。被爆者の高齢化が進み、勝訴判決を聞くことなく他界する方も後を絶たないなか、待ったなしの課題です。
写真で一番左の東友会の大岩会長は、高校の先輩です。
夕方の新幹線
「ない」としていた陸上自衛隊のイラク日報が「あった」問題で、15時から野党合同ヒアリングに穀田、赤嶺議員と参加。なぜ、一年前に調べた時に見つからなかったのか。大臣に報告するまでになぜ二ヶ月もかかったのか。実態は「軍事作戦」だったことを隠ぺいしたかったのではないか。さらに追及します。
午前中は外交防衛委員会で防衛省設置法改正案の趣旨説明。委員会前の理事懇で、「ない」としてきたイラク派兵日報があったとされる問題が議論になり、「虚偽答弁がされていたことになる。国会として事実解明するべき」と主張。
その後の筆頭間協議で、明後日に予定されていた法案審議の時間を延長し、この問題での質疑時間を作ることで合意しました。倫選特の打ち合わせとイージスアショア問題での防衛省レク。午後は合同ヒアリングまで論戦準備など。18時からアラブデーのレセプション。アラブ諸国の駐日大使や日本の国会議員、進出企業幹部など関係者が多数出席。
ラシャッド・ブフラル駐日モロッコ王国大使、安倍首相、河野外相らの挨拶の後に乾杯。夕食をとりながら友好親善を深め合いました。同じテーブルのスーダンのアーメッド駐日大使と挨拶を交わしました。