活動日誌

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「外交安保・核廃絶」の記事

DSC00421.JPG 今日、憲法53条に基づく野党連名の要求書を衆院は午前中、参院は午後にそれぞれ提出しました。戦争法、TPP、沖縄、原発、改造内閣の所信など議論すべきことは山積みです。にもかかわらず、外交日程など理由にならない理由で臨時国会を開こうとしない安倍内閣。逃げるな! と言いたい。

 午後に国会を出て、18:30から三重県津市で戦争法廃止めざす学習会。一時間の講演をしました。話し終えたら、JRに間に合うように急いで退席し、ぎりぎりセーフ。ところが「鹿と衝突し25分の遅れ」のアナウンス! 

 近鉄に切り替えましたが予定した新幹線には遅れ、一本後の便に。東京には23時前に到着ですが、同じ車両に他に二人の参院議員が乗車。皆さん、ご苦労様です。

 明日は宮城県議選応援で仙台へ。

 国会で開かれた原爆被爆者の院内集会に出席。与野党から参加し、日本共産党からは小池、大平、畑野、田村各議員と私が出席し、小池議員か挨拶。

 核兵器廃絶、被爆者援護法改正、戦争法撤回、原発再稼働中止など被爆者の願いのこもった要望書と署名を受け取りました。司会者は、被爆者で高校の先輩の大岩さん。終了後にご挨拶をしました。千葉からは小学校の先輩も参加されていました。

 

 

 富山つどい.jpg日本共産党県委員会主催「戦争法のたたかいと日本共産党を語るつどい」で講演。日曜日の朝10時からのつどいでしたが、250人が参加してくださいました。

 土井由三元小杉町長や広瀬妙子新日本婦人の会県本部会長、水谷敏彦弁護士、青年代表の4人の皆さんがあいさつ。共同の広がりを実感しました。

 私は、戦争法案がやり方も内容も憲法違反、民主主義破壊であることを国会論戦、強行採決の状況を紹介しながら、日本共産党の戦争法廃止の国民連合政府の提案の「要」の内容や各界の反響などについてお話しました。その後、参加者と質疑応答。とても熱心に聞いてくださいました。

 終了後、京都へ。

 

 昨日は、デスクワークとともに国対の会議、議員団会議など。

 今日は、戦争法案の強行採決をした919日の参院安保特の会議録の問題で参院事務総長に申し入れ。速記による未定稿には「聴取不能」とし書かれていなかったにも関わらず、「可決すべきものと決定した」と書き加えられたことは「認められない」として、、民主、無所属、社民の各代表とともに参院事務総長に申し入れました。 

特別委員会は会期毎に設置されるもので、閉会中審査の手続きも取らなかったため、参院安保特は現在、存在していません。議事録に「追記」するという判断は、鴻池委員長が、会期中に行ったとされています。 

 私は、違憲の法案を強行採決したことは議会制民主主義を壊すものであり、この議事録の問題は暴挙を重ねるものだと指摘。「テレビを見ていた多くの国民が"なぜ、これで採決なのか"と批判し、委員会室の委員にも速記者にも何が行われていたのか聞き取れず、採決の事実を示すものは何も残っていない。にもかかわらず与党の判断で議事録に書き込めることになれば何でもありになり、議事録の信頼性も根底から損なう」指摘。 

 議事録の取り扱いについて与党から協議の呼びかけもなかったことも示し、「このような追記は認めるわけにいかない。経緯を調査し明らかにせよ」と述べました。 

 その後、共同記者会見。申し入れには都合で参加できませんでしたが、維新や生活も同様に立場であることも民主党から報告がありました。

DSC00339.JPG 今日は「戦争法廃止の国連連合政府を実現しよう」と京都市内、府南部の三カ所で訴えました。

まずは、精華町での国会報告会。つづいて京都駅前で樋口英明京都市議とともに街頭演説。夜は宇治市での演説会。精華町、宇治市では大河原参院京都選挙区候補と共に訴えました。

 精華町では町長選と同時に行われる町議補選の加藤せいじ候補も決意表明。宇治市では、城陽ナザレン教会牧師の末吉貞雄さんもお話ししてくださり、戦争法廃止の国民連合政府への期待の声をいただきました。

 国会報告会も演説会もたくさんの皆さんが参加してくださり、戦争法廃止の国民連合政府への期待の大きさを実感しました。

 京都大学の教員らでつくる「自由と平和のための京大有志の会」の皆さんと懇談し、「戦争法廃止の国民連合政府」の提案をめぐって意見交換をしました。

 「有志の会」から発起人の藤原辰史准教授、駒込武教授、小関隆教授が参加し、日本共産党から大河原としたか参院選挙区候補らが参加。私から、提案の内容とそれに基づく各党、各分野との対話状況等についてお話し、三氏からは「個人的意見」としつつ、提案への積極的評価とともに様々なご意見をいただき、とても有意義なお話ができました。

 「京大有志の会」による「安保法制」等に対する声明書は、各国語に訳され、子どもの言葉でも語られ大きな反響を呼びました。強行採決後の「明日のための声明書」も評判を呼んでいますので、紹介します。

●明日のための声明書

わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。

わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。

わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。

わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。

きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。

わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。

自由と平和のための京大有志の会

 DSC00318.JPG参議院のドイツ派遣4日目。朝、ベルリンを立ち、空路フランクフルトへ。空港から車で、ヘッセン州の州都ヴィースバーデンに行きました。町の中心部が世界遺産に登録されており、とても雰囲気のある町です。その中でもひときわ美しい建物が、州議会と聞いてびっくりです。

 昼食は州議会のそばにあるレストラン。夜は居酒屋としてにぎわうとのこDSC00315.JPGと。スペアリブを頼むと、こしょうのきいたソースがたっぷりかかった骨付き肉。美味でしたが、ボリュームがすごい。この数日、肉、肉、肉という感じです。

 午後にはヘッセン州政府を訪ねて、ルチア・プットリッヒ連邦・欧州問題担当大臣と懇談。ここでも難民問題が話題の中心。同州でも毎日1000人の難民を受けて入れており、当面の住居の確保から言語教育や就労の問題など様々な課題と取り組みについてお話しがありました。

DSC00327.JPG 私は、「難民の受け入れを人道的に支持しているドイツ国民に敬意を表します。一方、難民の就労の多くが低賃金労働になれば、人権問題であり、ドイツ国民の賃金低下にもつながり、国民の支持が得られにくくなるのではないか」と質問。

 大臣は、ドイツ語教育などの課題を挙げられるとともに「最低賃金制度は難民DSC00330.JPGへの適用を外せという声あったが、適用除外になっていない」とのお話しでした。

 また、原発をなくし再生可能エネルギーに転換することについての質問に対し、大臣自身がかつて州環境大臣を務め、同州の原発を廃止させたことを紹介しつつ、「再生可能エネルギーへの転換については、電気価格の値上がり、発電施設や送電線の建設に対する地域住民の反対など様々な課題がある。しかし、原発事故をうけた脱原発の決断がなければ、再生可能エネルギーへの転換はこれほどまで進まなかった」と強調されました。

 詩人のゲーテは、ヘッセン州のフランクフルトで生まれました。懇談行った会議室にはゲーテの胸像があり、「ゲーテの間」と呼ばれているとのこと。ドイツは街のいたるところに文化の歴史があるとともに、街中や建物の中に現代アートもたくさんあります。

DSC00333.JPG フランクフルトに戻り、欧州中央銀行(ECB)を訪問。最近できたばかりのガラス張りで41階という建物。市内でもひときわ目を引きます。懇談したロスターニョ金融政策局長はイタリア人。リーマンショックによる経済危機への対応や、この間のユーロ圏の経済状況に対応したECBによる金融政策の推移など興味深いお話しを聞くことができました。

 その後、神山在フランクフルト総領事の公邸にお邪魔し、現地情勢についてお話しを聞きながら夕食。20:45発の羽田便に乗り込み、約11時間半のフライトで帰国します。

 

 

 DSC00278.JPG参院のドイツ派遣3日目。今朝もホテル周辺をお散歩。朝は7℃で、日本では11月上旬並みの気温です。ベルリン市内中央部にある広大な公園ティーアガルテンを歩きましたが、公園というよりも森です。散歩やジョギングする人、自転車が通勤・通学する人などが行きかいます。実に清々しい!

  今日から中川議運委員長が合流。午前中にブフィエ連邦参議院議長を訪問して懇談しました。連邦参議院は州を代表する機関で、連邦議会が可決した法律DSC00287.JPGのうち、州の利害に密接に関係する法律は連邦参議院の同意がなければ成立しません。

 その構成員は、直接選挙で選ばれるのではなく、人口比に応じて各州3~6人の州政府代表団(州首相、州閣僚及び州政府次官等)によります。その評決権は州政府の政策方針に基づき、各州代表団のうち一人が一括して行使します。

 連邦参院議長は各州首相による輪番制で、ブフィエDSC00290.JPG議長はヘッセン州の首相であり、キリスト教民主同盟の全独副党首でもあります。議長は東西ドイツ統一の収支決算は相対的に大成功だったとし、今日、ヨーロッパでリーダシップを持ち、様々な問題の解決への貢献が求められていると強調され、難民問題を多く語られました。終了後、議長を冠婚で記念撮影し、連邦参議院の内部を視察しました。

 連邦参議院のすぐ近くに「ベルリンの壁」が保存されています。たくさんの観光客が訪れていました。61年DSC00301.JPGに東ドイツ政府によって建設され、89年まで西ベルリンを取り囲んでいました。乗り越えようとして射殺された人は西側が確認しただけで70人に及ぶとのこと。89 年11月9日に押し寄せた群衆により崩壊が始まりました。 

 続いて中根駐独大使の公邸にお邪魔し、ドイツ情勢等についてお話を聞きながら昼食を取りました。久しぶり日本食!

DSC00308.JPG 午後には、連邦議会を訪問し、警備担当者との意見交換した後、議会内を視察。1894年にドイツ帝国の議会として完成したもの。大戦の激戦で破損したままになっていましたが、71年から歴史博物館、99年に首都機能移転に伴い連邦議会となりました。

 屋上にはガラスドームがあり、議事堂内や市内を一望できます。連日一万人もの見学がある人気の場所で、今日も多くの見学者であふれていました。
 
 移動途中にブランデンブルク門に立ち寄りました。かつては二重につくられた壁の間にあり、東西DSC00304.JPGのサムネイル画像両国民とも近づけなかった場所。東西分裂の象徴的な場所として観光客が多いのに加え、10/3の統一記念イベントの準備で周辺はごった返していました。

 夕方には独日友好議員連盟との懇談。シルヴィア・コッティング=ウール議連会長らと意見交換。ここでも難民問題が中心でしたが、気候変動問題も話題となりました。

青空まつり.png 地元左京区の「青空まつり」が宝ヶ池公園で開かれました。会場にずらり並んだ後援会等による模擬店を回ると「テレビ見てたで」「がんばってたな~」など声をかけて頂きました。ありがとうございます!

 民青のコーナーでミニトーク集会の後、中央舞台へ。大門みきし参院議員、大河原としたか参院候補、本田くみ子市長候補とともに挨拶し、戦争法案廃止への闘いを呼びかけました。新しい闘いへ交流を深め、鋭気を養うことができました。

 さて、戦後最長の95日も延長された通常国会の会期は今日まで。私の質問・討論回数は、本会議では6回で、全議員で最多だと思います。委員会では予算、決算、外交防衛、安保特、倫選特、拉致特など39回で、うちTV入りは4回。多くが戦争法案関連でした。

  さあ次の国会に向け闘いと充電だ!

 団総会.jpg戦後最長の95日間も延長され戦争法案が強行された通常国会が事実上閉会しました。朝から各委員での会期末処理が行われ、11:30から参院本会議。その後、議員団控室で山崎議長の挨拶まわりを受けました。

 12:30から閉会の議員団総会。志位委員長が「戦争法案廃止の国民連合政府」の実現への決意を表明し「戦後最悪の安倍政権を一刻も早く打ち倒すために、立場の違いを超えて力を合わせよう」と呼びかけました。最後は全員で「ガンバロー」三唱。新たな闘いを誓いました。

  団総会ガンバロー.jpgその後、先日の参院本会議で自民党議員が日本共産党を犯罪者扱いして中傷し、議員活動を封殺する発言をした問題で、参院自民党の末松幹事長代理、牧野副幹事長が党控室を訪れて謝罪し、問題の発言を撤回しました。

 日本共産党からは小池副委員長、大門、仁比両参院副国対委員長と私が対応。わが党が防衛省の内部資料を国会で暴露したことについて「手にいれた側に違法行為がなかったのか調査せよ。議員は入手方法を明らかにし説明責任を果たせ」などとした暴言は議事録から削除されます。

 15:30からは民主党岡田代表と志位委員長の党首会談が行われ、終了直後にその報告を聞きました。委員長から国民連合政府の呼びかけについて説明し、岡田代表からの質問に答えた和やかな会談。今後も話し合いを続けていくことになったとのこと。さらに他の野党との党首会談も行われます。

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