午前中は京都教職員組合女性部の総会で挨拶。議案書を見ると、清水寺の山門前で取り組みで来られた6.9行動は実に1200回を超えたとのこと。そうした草の根の署名活動が国際政治をうごかし、核兵器禁止条約の国連会議に結実していること、教育勅語の礼賛など戦争する国づくりと一体の動きについてお話しました。
午後は京都市伏見区で衆院京都三区の演説会。10月に市議選のある乙訓地域の長岡京市議団・予定候補の皆さんの紹介と決意表明があり、馬場府議の府政報告に続き、金森亨三区候補が訴え。続いて、私が訴えました。
会場には、4/17付「朝日」の「妹に薬飲ませ...失った記憶」という戦争体験の投書が反響を呼ぶ村上敏明さんの姿がありました。私は投書を読み上げて紹介し、「二度と戦争は許さないという思いが刻まれた九条踏みにじる政治は許さない」と長岡京市議選勝利、総選挙での市民と野党の共同、日本共産党の躍進を訴えました。
終了後、村上さん、金森さんと共に写真。
昼過ぎに自宅を出て、精華町へ。5/14投票で町議選がたたかわれます。前回、定数4削減の下、定数18中4議席を維持。都議選、国政選での躍進へと続きました。今回も必ず全員勝利で安倍暴走政治ストップ、暮らし守る町政をと、かつしま(新)、松田(前)、ゆうき、佐々木(以上現)の4候補、上条6区候補と共に訴えました。
訴えた後に途中で退席し、京都市内で開かれた「上原裕美子さんお別れ会」へ。ぎりぎり最後に間に合いました。地元の皆さんをはじめ、近藤府議会議長、山内、山下両副知事をはじめ議会、行政関係者も参列して下さり、上原さんの地元の伏見地区委員会の元地区委員長だった市田副委員長もお別れの言葉を述べられました。
私は皆さんのお別れの言葉を聞くことはできませんでしたが、上原さんのトレードマークだった笑顔の写真に献花してお別れしました。
今日は前福島県議の長谷部淳さんのお通夜もいわき市で行われています。京都から哀悼の意を捧げました。合掌。
夕べ遅く到着した新潟県の十日町駅前のホテルを朝出て、本日告示の市議選の応援。安保和寿、鈴木隆雄(以上現)、ひぐち清司、滝沢しげる(以上新)の四候補で、現有三議席から一増をめざします。
「教え子を再び戦場に送らない」との思いで一月に入党された元教員、ひぐち候補の第一声で訴えた後、安保候補と共に街頭演説。参院野党統一候補で勝利した森裕子議員からのメッセージが届き、街頭演説では自由党の代表も弁士に立ってくださいました。
午後は長岡市で西沢博比例候補と共に「共同の輪を広げ 新しい政治を! 女性のつどい」に参加。米山知事勝利を導いた街頭パフォーマンスの再現もあり、新潟の市民と野党の共闘はさらに前進中と実感した一日でした。
終了後、東京へ。暑い一日でしたがまだ雪の残る十日町市の田んぼの上を通ってくる風は実に爽やかでした。
京都を朝出て富山市へ。明日投票の市議選の応援で吉田おさむ、中山雅之、小西直樹格候補と街頭演説をしました。政務活動費不正での大量辞職による昨年11月の補選で得た2議席を加え、4議席絶対確保の選挙。20人はみ出しの大激戦です。
「4人当選で不正解明も議会改革もさらに前に進め、市民の声届く議会に」と市内六カ所で訴えました。終了後、明日告示の新潟県十日町市議選の第一声のため移動。
外交防衛委員会で米国のシリア空爆について質問。化学兵器はアサド政権が使用したとの認識かと聞くと外相は、「国際機関が調査中」との答弁。空爆の国際法上の根拠はと聞くと総理は「アメリカから聴取中」との答弁。
つまり、何の根拠もなしに、アメリカの空爆を「支持」し「理解」したことになります。安倍総理の米国追随の害悪が浮き彫りになりました。
その後日米、日豪、日英ACSAについて反対討論。残念ながら、与党と維新の賛成多数で可決しました。
12:30から日印原子力協定の撤回・廃案を求める院内集会に参加し挨拶。午後からの衆院本会議で趣旨説明質疑が行われるはずでしたが、昨日の厚労委員会における強行採決をめぐって与野党協議が続けられ、本会議は開かれませんでした。
3時前に国会を出て、16日投票の富山市議選の応援でとんぼ返り。政務活動費不正による大量辞職に伴う補選での二議席加えた四議席でたたかっています。
この力で、議員報酬10万円引き上げ撤回、費用弁償の廃止、中三までの医療費の完全無料化など、半年で次々と成果を上げてきました。赤星、中山両候補と共に「不正全容解明、市政の転換へ全員勝利を」と訴えました。
最終の新幹線で東京へ。宿舎着は24時前でした。
長野県飯田市議選告示日。現職の小倉高広候補の第一声で訴えた後、古川仁、後藤壮一各候補とそれぞれ街頭演説会で訴えました。市政では「リニアを見据えるのではなく、住民の暮らしを見据えた政治を」が大きな争点です。
同時に、国政に対しても声を示す選挙。塚本幼稚園が行っていた教育勅語を暗唱させるような教育が安倍政権の下で復活が狙われ、現代版治安維持法である共謀罪の審議入りが強行されたことを告発。
長野県ではかつて、白樺派の影響もあり自由主義的な教育が広がっていましたが、1933年2月4日以降、200人以上の教員を含む約600名が治安維持法で検挙されました。2.4事件です。以降、国策に従う教育が徹底され、長野県からは全国で一番多くの若者や住民が満蒙開拓に駆り出されたのです。
特に県南地域からは多くの人々が動員されました。隣の阿智村には満蒙開拓記念館もあり、「二度と戦争をしてはならない」という思いが地域に刻まれています。私は「二度と戦争への道を歩んではならない、戦争する国への道、現代版治安維持法の共謀罪許すなの声は日本共産党へ! 」と心をこめて呼びかけました。
終了後、中津川まで車でおくってもらい、名古屋経由で東京へ。
ところで、前泊した昨夜のこと。名物は何かと調べると、飯田市の人口一万人当たりの焼肉店舗数は五軒以上で、全国の市の中で第一位!意外です。昔から畜産や狩猟が盛んだったことや、陸の孤島で色々なたんぱく質をとる習慣があったなど様々な肉の食文化が混ざり合ったため、とのこと。次来た時は食べよう。
東京を朝出て、明日投票の静岡市議選の応援へ。9:30からは葵区の杉本まもる候補と午後からは清水区の望月ケンイチロー候補と共に6カ所で街頭演説。森友学園の籠池理事長の証人喚問や集中審議で国有地の安値売却に総理夫人の関与があった疑惑が深まった、幕引きは絶対許すなの声を日本共産党候補に託してほしいと訴え。
京都四区で「市民と野党の共闘でチェンジ」をめざし、西京区の阪急桂駅前の街頭演説会、東京区のラポール京都での演説会。いずれも自由党から豊田潤太郎元衆院議員が初めて参加して下さいました。
吉田幸一四区予定候補は「23年前の学生時代に私学助成拡充求めての議員会館での要請行動で初めて会話した国会議員が豊田さん。今、安倍内閣打倒という共通の目標をもってご一緒している」と切り出しての決意表明。豊田さんも喜んでおられました。
がんばろう!
京都から静岡市へ。26日投票で戦われている市議選の応援で、清水区の内田りゅうすけ(現)と望月ケンイチロー(新)候補とともに8か所で街頭演説をしました。
日本共産党の市議団は、前回4から5議席に増え、国保料2年連続引き下げや家庭ゴミ有料化ストップなど市民と共に実現してきました。さらにこの4年間で国会でも躍進したことが市民と野党の共闘前進の力になったこと、森友問題や南スーダンPKOの日報隠ぺい、ヤマト運輸の未払い残業代問題で日本共産党の論戦が果たした役割を紹介。
市政でも国政でも、日本共産党の議席は市民と共に政治動かす確かな力だと強調し、なんしても押し上げてほしいと訴えました。
東京を朝出て、四月に市議選が行われる長野県佐久市へ。東京は温かくコートもいらない陽気でしたが、ネットで調べると佐久市の気温は「最低-7℃、最高9℃」! しっかり着込んでいきました。佐久平に降りるとやはり、ひんやりしました。
定数2議席:減の下、現有3議席の確保をめざす選挙。小林まつ子(現)、柳沢まさお(新)候補のそれぞれの励ます集いで訴えました。4年前の選挙の時に14人だった日本共産党の国会議員は今、35人。安倍政権と対決し、市民と野党と共闘に力尽くす党への期待の広がりと市議団の実績を結び、必ず勝利をと訴えました。
柳沢さんは同市の高見沢電機労組の委員長を務めた人。 親企業による工場閉鎖・全員解雇の攻撃に対して一歩も引かずに組合員の皆さんと共に16年間たたかって職場を守り、2015年に全面解決に至りました。現在も労働相談に取り組んでおられます。市議になれば大きな力を発揮する人と心から訴え。藤岡県議とともに激励にこたえました。