・1959年、砂川事件伊達判決が最高裁によって取り消される経過で、当時の田中最高裁長官とマッカーサー2世駐日米大使が話し合いを繰り返していたことを示す新たな米解禁資料を示して質問。最高裁は事実関係は資料がなく確認できないとしつつ、長官が米大使と個別的に会うこと自体が異例であること、利害関係者に公判日程などをあらかじめ知らせることは裁判の公正さに疑念をもたらすこと、判決後に「全員一致で喜ばしい」などと裁判長が発言したのは他に例がないことなどを認めた。
- 井上哲士君
日本共産党の井上哲士です。
司法の独立に関して質問をいたします。
一九五九年に在日米軍の駐留を憲法違反とした、いわゆる伊達判決が下されました。この判決は僅か九か月後に最高裁で取り消されましたが、その経緯に関して新たにアメリカ政府の解禁文書が公表されまして、大きな反響を呼んでおります。
この解禁文書は、一九五九年八月三日発信のマッカーサー二世米駐日大使がアメリカの国務長官にあてた秘密書簡であります。これまでは安全保障上の理由で閲覧禁止になっておりましたが、布川玲子山梨学院大学の教授がアメリカの情報自由法に基づいてアメリカの国立公文書館に開示請求して入手をされたものであります。
この伊達判決をめぐっては、二〇〇八年にもアメリカの政府解禁文書が明らかにされておりますが、今回の新しい解禁文書は更に重要な問題を明らかにしております。
これ、五十年以上前の判決ではありますが、この最高裁判決は我が国の存立にかかわる高度な政治性を有する問題は司法審査の対象とならないという判断をいたしました。これが今日まで米軍基地の存在の是非に関する司法の消極的な姿勢を決定付けているわけでありまして、やはりまさに今日的な問題であります。
多くのマスコミも取り上げました。NHKは、明らかになった資料のとおり、この最高裁の判決が司法の独立とは程遠い政治的な判断によって行われていたとしたら、昭和戦後史の重要な断面に更なるメスを入れていく必要がありそうですと、こういうふうに断じました。
朝日の社説は、「一国の司法の長が裁判の利害関係者と会い、判決の行方をほのめかしたという記録は、放っておけない。」「戦後史をつらぬく司法の正統性の問題だ。最高裁と政府は疑念にこたえなくてはならない。」と、こう報じたわけであります。ほかにもたくさんあります。是非、昔のことだから分からないということで逃げることなく、きちんと答えていただきたいと思います。
お手元に資料を配付しておりますが、まず、資料一の一九五九年三月三十一日付けの極秘至急電を見ていただきたいんですが、これは〇八年のアメリカ政府解禁文書で、いずれもマッカーサー・アメリカ駐日大使からアメリカの国務省にあてた電報であります。伊達判決の翌日の三月三十一日の朝八時、閣議が開かれる一時間前に大使が藤山外務大臣に会ったことの報告であります。大使は、日本政府が迅速な行動を取り、東京地裁判決を正すことの重要性を強調し、直接最高裁に上告することが非常に重要だと述べたと報告しております。これに対して藤山外務大臣も、全面的に同意すると述べた、今朝九時に開催される閣議でこの行為を承認するように勧めたいと語ったとされております。
実際、伊達判決は高裁には上告されずに直接最高裁に上告する跳躍上告というものが行われたわけですが、まず法務大臣にお聞きしますが、この跳躍上告が行われたのはいつか、またそれを行った理由はどういうことだったんでしょうか。
- 国務大臣(谷垣禎一君)
いわゆる砂川事件に関して、検察当局におきまして、昭和三十四年四月三日、第一審の判決で法律が憲法に違反するものとした判断が不当であるということを理由として最高裁判所に跳躍上告したということでございます。
- 井上哲士君
いわゆる普通の上告じゃなくて跳躍上告をやったのはなぜかということです。要するに、高裁じゃなくて最高裁に直接したのはなぜか。
- 国務大臣(谷垣禎一君)
それはやはり跳躍上告は刑事訴訟法規則二百五十四条にございますが、「その判決において法律、命令、規則若しくは処分が憲法に違反するものとした判断又は地方公共団体の条例若しくは規則が法律に違反するものとした判断が不当であることを理由として、最高裁判所に上告をすることができる。」となっておりまして、その規定に基づいてこの跳躍上告をしたということであります。
- 井上哲士君
違憲判決が出ても全部やっているわけじゃないんですね。私はこれは特別な理由があったんだろうと思うんですが、この資料一の四月一日付けの至急電などを見ますと、当時、日米安保条約の改定交渉の真っ最中で、日米両政府が非常にこの伊達判決に驚いている様子が分かるわけであります。
大使は、この跳躍上告が必要な理由として、その年の四月の重要な知事選挙や夏の参議院選挙などへの政治的影響、それから日米安保条約改定交渉を複雑にしかねないということ、さらにはこの米軍基地の反対勢力を勢い付かせることになりかねないというようなことも挙げているわけですね。そのために、最高裁で早期にこの伊達判決を否定することが必要だということで、跳躍上告を外務大臣に求めました。実際、その直後、四月三日に跳躍上告が行われたわけであります。
次に、資料二の、これは跳躍上告後の同年四月二十四日、やはりマッカーサー大使から国務長官あての公電を見ていただきたいと思います。跳躍上告をしたものの、外務省は判決の時期を推測できないというふうに言っているんですね。そこで、大使は直接、当時の田中耕太郎最高裁長官と話し合ったというものであります。その中身を公電の最後の部分で報告をしております。
最高裁にお聞きするんですが、そもそもアメリカの駐日大使と最高裁長官が公式行事とかレセプションなどの会場以外で個別の問題で話合いをするということが通常行われているんでしょうか。ここ五年間はどうか、併せてお答えいただきたいと思います。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
お答えをいたします。
最高裁判所長官と駐日米国大使が過去五年間におきまして、各種レセプションあるいは晩さん会等で同席する機会を除きますと、個別の案件で会ったことはございません。
- 井上哲士君
非常にやはり特例なわけですね。通常あり得ないことだと思いますが。
では、そこで何が話されたのかと。今の資料を見ていただきますと、原文ではプライベートカンバセーションとなっておりますが、内密な話合いで、担当裁判長の田中は大使に、本件には優先権が与えられているが、日本の手続では、審理が始まった後、決定に到達するまでに少なくとも数か月掛かると語ったと報告をされております。この裁判は在日米軍の存在が憲法違反かどうかが争点となったわけで、アメリカはまさに一方の利害関係者なわけですね。
一般論としてお聞きしますが、裁判長がその裁判の事件の利害関係者とこういう個別の話合いをすること、また、その中でこの裁判の見通しを語るということが許されているんでしょうか。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
これはあくまで一般論としての裁判長の行動ということで申し上げますと、裁判長が個別事件の利害関係者と個別に当該事件について話をする、そういったものにつきましては、一般論で申し上げますと、その状況あるいは話の内容によって様々なものが想定できることですので一概に申し上げるのは難しいんでございますが、例えば係属中の事件について、裁判手続とは関係のない私的な会話の中で当事者以外の第三者に対して事件の内容あるいは手続の話をするということは、裁判官としては通常行わないことであるというふうに認識しております。
- 井上哲士君
通常行わないことだということで、当然だと思いますね。もしそんなことが明らかになったら、もう直ちに忌避の申立てが起こるというような重大な問題だと思いますが、更に確認しますけれども、裁判の期日について、裁判長が指定し公表する前において一方の当事者のみに明らかにするということは、私はこの裁判所法七十五条の評議の秘密に反すると考えますけれども、この点はいかがでしょうか。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
お答えをいたします。
これも一般論で申し上げますが、裁判所法七十五条二項は評議の秘密ということを規定しておりますが、これは合議体で行う裁判、これは判決又は決定でございますが、これをするための評議に関する規定でございまして、一方、期日の指定は、これは裁判長の権限に属しまして、裁判長が単独で行う、これ命令という性質の行為でございます。
したがいまして、裁判長が期日指定前に審理の日程あるいは判決期日を一方当事者に伝えるということが、これは直ちにこの裁判所法七十五条二項の評議の秘密に触れるということは通常考えにくいこととは思われます。
しかしながら、別の問題といたしましては、一方当事者に通常の形で期日の打診をするということではなくて、殊更一方当事者の便宜を図るような形で期日を、今後予定している期日を伝えるということがありますと、これは裁判に対する公正さに対する疑義を生じさせ得るものと、そういった問題は生じようかというふうに考えております。
- 井上哲士君
裁判の公正さに対する疑義を生じるということがありました。まさにそういうことが行われているわけですね。
資料三が今回新しく解禁された文書でありますが、田中長官とアメリカの話合いは一度だけでありませんで、五九年八月三日に発信されたこの電報は、レンハート在日米大使館首席公使と田中長官との会話を報告したものであります。
共通の友人宅での会話の中で、田中耕太郎裁判長は公使に対して、砂川事件の判決は恐らく十二月であろうと今考えていると語ったとしております。公判期日を最高裁が決めたのは八月三日ですから、その日の公電ですが、その一番下に、一九五九・七・三一、レンハートとあります。この日にレンハート氏が起草されたと考えますから、共通の友人と話したのはそれより前ですから、まさに期日が決める前に一方の当事者にこれを明らかにした。私は、これは評議の秘密を犯したことになると思います。
更に公電はこう述べておりまして、彼は、口頭弁論は、九月初旬に始まる週の一週につき二回、いずれも午前と午後に開廷すればおよそ三週間で終えることができると確信していると述べておりますが、十二月の判決までにこの審理はいついつ行われたのか、これは法務省、大臣、いかがでしょうか。
- 国務大臣(谷垣禎一君)
いわゆる砂川事件の跳躍上告審の公判期日でございますが、第一回公判期日は昭和三十四年九月七日、第二回が同じく九月九日、それから第三回が九月十一日、第四回が九月十四日、それから第五回が九月十六日、それから第六回は九月十八日、こういうふうなものであったと承知しております。
- 井上哲士君
ですから、今、公電で述べられたとおり、九月初旬に始まって毎週二日の公判で三週間で終えると、同じ日程をこの段階で一方の当事者に明らかにしているわけですね。田中長官は、弁護団からの協議要請はことごとく拒否をしまして、当時、裁判官忌避を申し立てられたわけですが、一方で、アメリカ大使、当事者とは密談をして、まだ決まっていないこの評議の日程や見通しを漏らしていたということであります。
この五日後には、本件の審判を迅速に終結せしめる必要があるとして、弁護人の人数制限という前代未聞の決定を強行されました。これはまあ弁護側の抗議で取りやめになりましたけれども、とにかく迅速な行動を最初から求めてきたアメリカにこたえるような形で公判の戦略や日程も示して、事実上約束し、まさにそのとおり行われたということが見て取れるわけですね。
さらに、重大なのは、この公電の中で、裁判長は結審後の評議で、実質的な全員一致を生み出し、世論を揺さぶるもとになる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っていると付言したと、こういうふうになっております。この判決は全員一致だったということで確認してよろしいですか。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
お答えをいたします。
御指摘の昭和三十四年十二月十六日最高裁大法廷判決には、この判決は裁判官七名の補足意見及び裁判官三名の意見があるということが書かれた次に、裁判官全員一致の意見によるものであるとの記載がされております。この判決を見ますと、判決の主文におきましては、裁判官全員一致の結果が取られているものと理解できるものと考えております。
- 井上哲士君
今読み上げました、少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っていると付言したというのは、資料三のところに書いてある中身であります。
今お答えありましたように、判決では、アメリカ側が期待したとおり、一審の違憲判決を正面から覆して米軍駐留に合憲のお墨付きを与えたわけでありますが、田中長官は、この全員一致の判決後の記者会見で、十五人の裁判官が結論なり理由の極めて重要な点について根本的に一致したのは大変喜ばしいことだとわざわざ記者会見で言うんですね。私は、裁判長でかつ最高裁長官が全員一致だから喜ばしいと言うことは、逆に言えば、反対が出たり少数意見が付いたら喜ばしくないということになるわけですね。これは非常に問題だと思いますが、こういうような発言をした例がほかにあるでしょうか。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
お答えをいたします。
裁判官が、これも我々の一般的なことでございますが、裁判官が判決等の裁判書を離れまして担当事件について記者会見をしたり、その内容等についてコメントをするというようなことがあったとは、これは近年を見る限り承知しておりません。
- 井上哲士君
ですから、本当にもう最初から最後まで異例ずくめのことになっているわけですね。裁判長が、少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っていると述べて、判決後は、全員一致は大変喜ばしいと会見でわざわざ異例の言葉を述べております。
実はそれだけじゃありませんで、お配りはしておりませんが、これは五十九年十一月五日のやはりこれは航空書簡でありますけれども、マッカーサー氏と田中裁判長との非公式会談の報告でありますが、田中氏は、十五人の裁判官から成る法廷にとって最も重要な問題は、この事件に取り組む際の共通の土俵をつくることだと、裁判官の幾人かは手続上の観点から事件に接近しているが、他の裁判官たちは法律上の観点から見ている云々ということを書いておりまして、まさにどういう評議が行われているかということをアメリカ側に言っているわけですね。
そして、このアメリカ側の解禁文書、資料四を見ていただきますと、判決の翌日にマッカーサー氏から国務長官あての電報でありますが、全員一致の最高裁判決が出たことは、田中裁判長の手腕と政治力に負うことがすこぶる大きいと。彼の思慮深い裁判指導は、審理引き延ばしを図った弁護団の奮闘を抑え込むのに成功したのみならず、ついに十五名の裁判官から成る大法廷全員一致の判決をもたらした。この裁判における裁判長の功績は、日本国憲法の発展のみならず、日本国を世界の自由陣営に組み込むことにとっても金字塔を打ち立てるものであると。まさに天まで持ち上げているわけでありますが、私はこの跳躍上告から裁判の経過、その間でのアメリカとのやり取り、そしてこの判決の中身とその後の会見を見ますと、非常にやはり司法の独立というものが厳しく問われていると思いますけれども、そういう重大問題だという認識は、最高裁、あるでしょうか。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
今委員指摘の具体的な事実につきましては、これは非常に古い事実でございまして、最高裁内部にその点を裏付けるような資料がございません。したがいまして、そういった事実を前提に最高裁判所がそれをコメントするということは差し控えさせていただければと思っております。
- 井上哲士君
この間、いわゆる核密約とか裁判権放棄密約というものがいろいろありました。いずれも、アメリカ側から出てきても、日本にはない、ないと否定をしておりましたけれども、最近いずれも調査の中で出てきたわけですね。これはきちっと、考える会からも資料公開要求が出されておりますが、全面的な調査をきちっとやって明らかにすべきだと思いますが、最高裁の御見解と、そして法務大臣、これはやはり司法としての独立というものが問われていると思いますが、御見解をそれぞれお聞きして、質問を終わりたいと思います。
- 最高裁判所長官代理者(戸倉三郎君)
委員御指摘のように、この関係ではいわゆる司法行政文書の開示請求がなされております。この請求は非常に多岐にわたる文書の開示を求めておられまして、これは先ほど申し上げましたとおり、古い時期のものでございまして、調査に時間を要しておるところでございますが、田中長官と駐日米国大使の会談記録等については存在しないということが判明いたしましたので、その点については請求された方にその旨回答を差し上げたところでございます。
残りの文書につきましても引き続き調査を行っているところでございまして、この件に限ったことではございませんけれども、この司法行政文書の開示申出に対しては、十分な調査を行った上できちんと対応してまいりたいと考えておるところでございます。
- 国務大臣(谷垣禎一君)
何分にも古いことでございますし、特に最高裁長官と米国大使館との対話というようなことでございますから、法務大臣としてはコメントは差し控えたいと思います。
私は、これはもう五十数年前のことですから、歴史学の問題としてきちっと問題を解明していただく問題だと、このように思っております。