○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
今日は、お二人の公述人、本当にありがとうございます。
まず、秋山公述人にお聞きいたします。
核兵器の問題ですけれども、これまでに、これなくそうという運動が世界的に盛り上がった、いろんなことがありました。例えば、いわゆる核の冬ということが非常に注目をされたことがあるわけですが、この間でいいますと核兵器の非人道性という問題に非常に焦点が当たっております。その中で、従来、国家の安全保障という角度からの議論から人道上の問題という議論が非常に広がっているわけですが、こういうことに至っている背景と、そういう中で唯一の戦争被爆国である日本が果たすべき役割は何かということをまずお願いしたいと思います。
○公述人(一橋大学大学院法学研究科教授 秋山信将君) 御質問ありがとうございます。
おっしゃるとおり、現在、核の非人道性というテーマでかなり国際世論が盛り上がってきているということは確かでございます。
この問題が盛り上がってきた背景というか、恐らくこの問題というのは広島、長崎から綿々と受け継がれてきた問題で、現在表面化したというふうに見た方がいいと思うんですが、それは、第一点目としては、核兵器を大国がこれまで使用してこなかった、恐らく核兵器を使用する蓋然性は真っ当な国家においては低いであろうということ、それから、先ほど申し上げましたとおり、コラテラルダメージに関する国際的な規範というのが高まっていて、そのコラテラルダメージを最も誘発しやすい核兵器を使用することに対する、特に欧州においてこの問題というのが大きく認識されるようになってきたというのが第一点目。
第二点目としては、逆説的ではありますけれども、そうした国際的な規範に従わないようなアクターでも核兵器を持てるようになってきていると。ということは、その国際的なルールであるとかに従わないで核兵器を持つということがより大きなリスクになってきている、したがって、核の管理をしっかりしていかなければいけないではないかという、この二つの流れが合わさったものというふうに考えております。
特に、核の人道面からのアプローチというのはより核兵器を使いにくくするわけですので、ある意味では安全保障政策上の核兵器の有用性あるいは核兵器を使用するという選択に対する信憑性を下げていくということなので、核兵器国にとっては余り好ましくない状況であるということは間違いありません。ただ、この流れというのは、恐らく今後逆行することはないとは思います。
ただ、その一方で、先ほど申し上げましたとおり、ロシアが核兵器の使用をほのめかすといったような中で、これは核兵器を持っている国だけではなくて、核兵器を持っていない国の方が核兵器の使用あるいは核兵器による威嚇に対してより大きな懸念を持っていくことが、今後核兵器を取得するインセンティブを高めてしまう可能性があるということでありますから、日本としては、やはり核兵器を持たせないようなインセンティブを提供していくということをしっかりとやっていくことが大きな役割であります。
これは、広島、長崎を背景とした日本の道義的な優越性ということと併せて、しっかりと政策としてやっていくということが必要だと。従前申し上げていますけれども、訴えるだけでは恐らく核兵器というのはなくならない。どうしたら本当に核兵器を持っている者が核兵器を必要としなくなるのか、あるいは、日本にとって核兵器がない状況というのがより安定した国際環境なのかと、そのために具体的な政策として何らかの形で実施をしていくということが必要だと思います。
○井上哲士君 ありがとうございました。
次に、柳澤公述人にお聞きいたします。
先ほど、戦闘中の他国軍支援について、その他国が行っている武力行使の正当性の判断というお話がありました。私、これは日本が集団的自衛権行使をする場合にも問われると思うんですね。
現状でいいますと、いわゆる三要件に当てはまるかどうかということだけが言われるわけですが、日本に集団的自衛権行使を要請してきている国が自衛権行使として行っている武力行使そのものの正当性ということは当然問われるべきだと思うんですけれども、その点いかがお考えでしょうか。
○公述人(国際地政学研究所理事長・元内閣官房副長官補 柳澤協二君) そこは当然そういうことだと思います。
ただ、非常に、七月一日の閣議決定の論理では、我が国の存立が脅かされということで、日本の防衛ともう相当概念的に重なるような言い方をしていますので、なかなかそこのところが問題にされにくいんだろうと思うんですけれど、内容的には当然そのことは絶えず問題にされなければいけないんだろうと思います。
○井上哲士君 日本が現に武力行使を受けている場合はもう明らかなわけでありますが、他国が受けて自衛権を行使しているということは、当然そこに対する判断というものをしなくちゃいけないと思うんですが、今の枠組みではそれがどうもないというふうに思うんですね。その上で、我が国が集団的自衛権行使をするという場合に、実際には武力行使を受けている、で、それを排除する作戦をやっている国のところに日本が参加をしていくということになります。
政府の議論でいいますと、我が国はあくまでも我が国の存立を脅かす事態になっている武力行使の排除のみをやるんだということなんですが、現場では、その要請国に対しての武力行使、日本に直接関係ないけれども要請国に対する武力行使と、その中で日本の存立の事態にも関わるような武力行使があって、それぞれ排除する作戦ということになると思うんですが、そんな切り分けが果たして作戦上できるんだろうかということを思うんですが、その点はいかがでしょうか。
○公述人(柳澤協二君) そこは、あくまでも概念上の整理というのはあり得るとは思うんですね。しかし、現実にやることは一つということになりますと、これははたから見てどう見えるかということとも関わってくるのだと思いますし、それから、日本の存立と余りに結び付けて、まあそういう要件になっていますけれども、結び付けてしまうとなると、ほとんどの場合、私、日本に対する武力攻撃の着手と評価できるようなケースしか余り考えられないんですね。
そうだとすると、そこを集団的自衛権ということで正当化しちゃうというのは、かえって、日本が攻められていないのに先制自衛をするような、そんな評価も受けかねないところもあって、そこら辺はまさに今まで経験していないことであるがゆえにしっかり詰めるということが是非必要なんだろうと思います。
○井上哲士君 それに関連して、つまり、日本の存立を脅かすような武力行使の排除ができれば、現に要請国に対する武力行使を行われていても日本は撤退するんだと、こういうことも言うわけですが、そういうような判断が果たしてできるのかということも思うんですが、それはいかがでしょうか。
○公述人(柳澤協二君) そこは例の、他に適切な手段がなく、かつ必要最小限度の武力行使にとどまるという国際スタンダードがありますから、それに照らしてやるんだと言わざるを得ない。その意味では、理論的には今政府のお話でお触れになったようなことにならざるを得ないんだろうと思います。
ただ、現実にそれが切り分けられるのかというのはまた別の問題で、それは、一度そこで助けに行っちゃったら、あとここでやめたというのはなかなか現実には難しいんだろうなと、同じ戦域においてですね、という感じはいたします。
○井上哲士君 一点短く。
従来、非戦闘地域でもできないとされていた戦争準備中の航空機への給油なども今度はできるというふうにするわけでありますが、この点どうお考えでしょうか。
○公述人(柳澤協二君) 私はそれは、九七年のガイドラインのときは、そういう作業は、発進準備中の航空機のケアというのは、給油も含めて当該国から整備小隊が一緒に来るんですね。そういうことを考えると、現実的にはないだろうということで、もちろん憲法上の評価との関係もありましたけれども、そういうことで除外していたと私は考えております。だから、今度、本当にそういうニーズがどこでどうあるのかということの方が私は本当に考えなきゃいかぬかなというふうに思います。
○井上哲士君 ありがとうございました。