○井上哲士君 私は、日本共産党を代表し、子ども・子育て支援法改正案に反対の討論を行います。
本法案は、少子化は我が国最大の危機だとする政府が、こども未来戦略に基づき、今後三年間で集中的に取り組む加速化プランに盛り込まれた施策を実施するため、給付面と財政面の改革を一体的に行うものだとされています。
給付面でいえば、児童手当の拡充や出産等の経済的負担の軽減、保育士の配置基準の改善、共働き、共育ての推進など、加速化プランに盛り込まれた個々の施策には、不十分ながらその施策が待たれていたものもあります。
しかし、重大な問題は、必要とされる三・六兆円の財源を、既定予算の活用、徹底した歳出改革、医療保険制度に上乗せ徴収する支援金制度で賄うとしていることです。
その狙いは、子育て支援に関する公費負担を可能な限り削減しつつ、必要な財源は社会保障削減と国民負担によって確保するという新たな仕組みづくりにあります。この仕組みができれば、子育て支援の拡充のための財源は、支援金の増額と社会保障の削減で賄うことが国民に強いられます。このようなことは断じて認められません。
岸田総理は、歳出改革によって社会保障負担率の軽減効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築するため、支援金制度を導入しても社会保障負担率は上がらず、国民に新たな負担を求めるものではないと繰り返し説明してきました。
歳出改革の手段は、医療や介護の給付の削減にほかなりません。ところが、社会保障負担率で分子とされるのは社会保険料だけであり、医療費の窓口負担や介護保険の利用料が幾ら増えても社会保障負担率は上がらないことを政府は認めました。しかし、医療、介護の給付削減に伴う利用者負担の増加も支援金制度の導入も、国民にとっては負担増そのものです。
総理がずうっと繰り返してきた国民負担増はないという説明について、共同通信の五月の世論調査では、総理の説明に納得できないが実に八二・五%に上ります。説明を理解できない国民が悪いんでしょうか。そうではありません。国民は政府のごまかしを見抜いているんです。政府の説明は完全に破綻しています。
政府は、支援金制度について、企業を含め社会、経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で広く拠出するものと説明しています。
しかし、支援金は医療保険料に上乗せして徴収されますが、医療保険料は、一定の収入を超えれば据え置きとなり、逆進性を持っています。しかも、収入の低い加入者の多い国民健康保険の方が保険料に対する支援金の負担増の割合が高くなります。
フリーランスの方は国保に加入して支援金を徴収されます。ところが、支援金を財源とする出生後休業支援給付、育児時短就業給付は、雇用保険未加入のフリーランスは対象外で、給付を受けることができません。これのどこが公平なんでしょうか。
重大なことは、国民に支援金制度で負担を強いる一方で、子育て施策に関する国の一般財源の負担を後退させることです。児童手当が拡充されますが、その財源の多くは支援金が充てられ、例えば三歳未満の子供を持つ被用者の場合、国庫負担は現行の三五・六%から何とゼロになります。子育て予算の拡充と言うのならば、公費そのものを大幅に増やすべきです。
全国どこでも市町村が認定した施設にアプリを使って申し込み、生後六か月から三歳までの子供が時間単位で利用できるこども誰でも通園制度も問題です。
保護者の就労を要件とせず、保育所等に通っていない子供も含めて全ての子供の育ちを応援をするという理念は大切です。そうであるならば、諸外国では当たり前になっているように、親の就労のいかんにかかわらず、全ての子供たちが保育所を利用できるように、保育の必要性の要件を見直すべきです。
しかし、政府はこれに背を向けています。全ての子供たちの保育を受ける権利を保障するという姿勢が欠けていることがこども誰でも通園制度にも表れています。
同制度で提供されるのは、法律上は乳児又は幼児への遊び及び生活の場の提供であって、保育ではありません。しかも、利用する施設、月、曜日や時間を固定しない自由利用も認められます。さらに、帰省先での利用なども想定し、居住地以外の都道府県をまたいだ利用も可能とされています。ところが、政府は、都道府県を越える利用について具体的なニーズは何も把握していないことを認めました。
人見知りの時期に、慣らし保育もなく、初めての施設で初対面の大人に預けられて、初対面の子供たちの中に入ることが子供にどれほどのストレスを与えることになるか。施設にも大きな負担です。これがなぜ子供の育ちを応援することなんでしょうか。親の都合優先以外の何物でもありません。
厚労省の保育所保育指針は、乳幼児期の子供の発達の特徴として、特定の大人との応答的な関わりを通じた情緒的なきずなが形成される時期であると述べています。毎回異なる施設で、時間単位の利用も可能な自由利用で、特定の大人との応答的な関わりや情緒的なきずなを育むことなど到底不可能です。
大臣は、こうした私の指摘に、こども誰でも通園制度は、保育の必要性がある子供を対象とする保育とは異なると答弁をされました。保育とは異なるから、乳幼児期の子供の発達の特徴は無視しても構わないとでもいうのでしょうか。
しかも、自由利用は通常保育よりも難しさがあることを認めながら、保育士以外の人材も活用するといいます。保育施設等における死亡事故は、ゼロ歳児で四六%、一歳児では三一%で最も多くなっています。入園からの日数別では、入園から三十日目までが三四%と、預け始めが非常に多くなっています。毎回違う施設に預けることが可能な自由利用は、重大事故のリスクに子供たちをさらすことになりかねません。
さらに、同制度は市町村による利用調整もありません。保護者が施設の空き状況を自分で調べて直接施設に申し込む方式です。保育を始めとする他の子育て支援制度と比べても、市町村の関与が大きく後退し、保護者が保育サービスを購入するという保育の市場化を推し進めようというものであり、到底認められません。
今必要なことは、このような制度ではなくて、保育士の処遇を抜本的に改善しながら配置基準を更に大きく拡充し、全ての子供たちに質の高い保育を保障することです。
若者が結婚や子育てに希望を見出せない大きな問題は、非正規雇用が増加し、若い世代の収入が低く抑えられ、派遣、契約社員に雇い止めの不安が常に付きまとっていることです。希望を持てる働き方への抜本改革が必要です。
さらに、教育費の重い負担があります。こども未来戦略は、教育費の負担が理想の子供数を持てない大きな理由の一つと認め、高等教育費の負担軽減は喫緊の課題としています。ところが、総理は、公立、私立問わず広がる学費値上げの動きには、各大学が適切に定めるものと人ごとのように答弁しました。
しかし、大学が学費値上げを検討せざるを得ないのは、運営費の五割を目指すとされた私学助成が一割を切る水準にまで減らされていること、国立大学の運営費の交付金も法人化後二十年間で千六百三十一億円も削減されているからです。高等教育の負担軽減というならば、減らし続けてきた大学予算を抜本的に増額し、国際公約である高等教育の漸進的無償化の実現にこそ進むべきです。
子育て支援や教育などの恒久的な制度の拡充の財源は、大企業や富裕層への優遇税制の是正、巨額の軍事費などの歳出改革で生み出し、持続可能な財源を確保して、希望ある社会を実現をするべきです。
以上、本法案は廃案にすべきだと申し上げまして、反対討論とします。
本会議(子ども・子育て支援法改定案に対する反対討論)
2024年6月 5日(水)